人生はいろいろ。そして、人生はエロエロ。
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    ♪そうよ たまたま 居酒屋で 横にすわっただけだもの。
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    居酒屋の話。


    オーストラリアから戻って、体調がずっと良くない。飛行機の中に10時間もいると、どうしても調子が狂ってしまうし、食事の変化もある。ご存知のように、機内食は決して美味しいとは言えないし、現地の食事もどうもイマイチ。シーフードもステーキも食べたけど、日本のほうが遥かに美味いと思う。


    海外に行くたびに、日本の居酒屋のようなレストランがあればと思う。肉、魚、刺身、珍味、サラダなど、食べたいものを少しずつ注文できるという居酒屋スタイルは、日本独特なのだろうか。海外に行かれた方なら頷いていただけると思うが、あちらはとにかく一品が大きい。小皿料理はなく、極端な話、全部大皿料理という感じだ。


    さて、前回、ブリスベンにある、独身男女が出会いを求めて集まる「シングルバー」の話を書いた。でも、日本の居酒屋だって、「シングルバー」になるチャンスは十分あるのだ。作家、川上弘美さんの人気小説『センセイの鞄』は、居酒屋で出会った中年女性(=ツキコさん。)と初老の元国語教師(=センセイ。実は、ツキコさんの恩師。)の恋愛物語である。


    居酒屋のカウンターに一人座ったツキコさんが「まぐろ納豆。蓮根のきんぴら。塩らっきょう。」を注文すると、センセイも同じものを注文した。食べ物の嗜好が似ていることをツキコさんとセンセイは同時に感じ、お互いを意識し合う。以前、食べ物の嗜好が合うカップルは長続きするのではないかという話を書いたが、この小説では、食べ物の嗜好が合うことが、男女を接近させている。


    ツキコさんのように、一人で居酒屋に行ける女性はまだ少ないのかもしれないが、遠慮しないで男性のようにどんどん出かけていったらいいと思う。男性のほうも、女性が一人で飲んでいるからといって、昔のように奇異に感じる人はいないと思う。それにしても、ツキコさんとセンセイの出会いの場が居酒屋というのが、酒好きの僕にとっては嬉しい。またまた偏見だと叱られるかもしれないが、高級で洒落たレストランで出会った男女よりも、コテコテの居酒屋で出会った男女のほうが上手く行く、そんな気がするのだが、如何だろうか。


    写真は、シドニーの夜景。夜景.COMから拝借しました。

    | red | | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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      シングルバーで、婚活は如何。
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      シングルの話。


      日曜日の夜に成田を立ち、今朝、シドニーに到着し、そのまま国内線に乗り換えてブリスベンにやってきた。僕が初めて海外に行ったのは会社入社3年目のときで、その場所がブリスベンだった。そんなこともあり、ブリスベンは僕にとって特別な存在になっている。


      初めてブリスベンに来たときの目的は、英語を学ぶことだった。その当時、会社は今よりは余裕があったようで、若手社員を毎年3か月間ブリスベンの語学学校に送りこんで、使える英語を習得させようとしたのだ。僕は幸運にもその第一号としてブリスベンにやってきたのだ。


      語学学校には、インドネシア、中国、パキスタンなど、世界各国から学生が集まっていた。そのなかでも僕は年長の部類だった。学校はもちろん楽しかったが、それよりもっと楽しかったのは、ブリスベンのナイトライフだった。当時、1オーストラリアドルは約100円で、円高の恩恵に浴しようと、僕は毎夜、パプ、レストラン、ディスコなどに出没して遊び呆けた。


      あるパプで、現地のビジネスマンと知り合った。日系企業に勤める40代の男性で、ブリスベンの生活に関していろいろと世話を焼いてくれて、酒も二人でよく飲んだ。その彼があるとき、某ホテルにある「シングルバー」に行ってみようと提案してきた。「シングルバー」とは、独身の男女(離婚歴のある人も含む)が良き伴侶を求めて夜な夜な集まるバーのことで、今流行の婚活にちょっと似ている。


      ただ、集まっている男女を見渡してみると、40代から50代前半と思われる人たちがほとんで、若い世代の人たちはいなかった。僕は何が起きるのかドキドキしたが、そこはフレンドリーなオーストラリア人ということで、早速、我々のところにも女性二人がやってきて、4人で飲み会が始まった。


      今でもよく覚えているが、一人の女性が僕に「あなたは、オーストラリア人女性とセックスしたことがありますか。」と質問してきたのだ。僕は面食らったが、正直に「ありません。」と答えた。するとその女性はすかさず「それじゃ、私があなたの初めてのオーストラリア女性になるわ。」と畳み掛けてきたので、僕はただ「ハハハハー」と笑って応ずるしかなかった。


      そのときに仲良くなった女性二人とは、休日に郊外に行って乗馬を楽しんだり、レストランで一緒に食事をするようになった。


      「シングルバー」に比べると、日本の婚活というのは実に面倒くさくて、お金がかかるものだと思う。婚活を事業とする会社に高い入会金を支払ったり、業者がセットするパーティーに改めてお金を支払って参加したり、日本の婚活は形式ばっていて、自然体ではないのだ。それに比べると、「シングルバー」は安くて、簡単だ。バーに来れば、それでいいのだ。


      日本人はシャイだからという理由はあるかもしれないけど、工夫をすれば、もっと出会いの場は作れるような気がする。どなたか、日本で「シングルバー」をやってみませんか。


      写真上は、モールと呼ばれるブリスベンの中心繁華街。今日は、勤労感謝の日とうことで、人出は少なかったようだ。写真下は、夕食に行ったシーフードレストラン。ブリスベン川のほとりにあり、中央にはストーリー・ブリッジが見える。店はカップルばかりだった。

      | red | | 20:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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        こどもの日、お父さんにも感謝しましょうね。
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        こどもの日の話。


        「国民の祝日に関する法律」という仰々しい名称の法律がある。でも、条文はたったの3条しかなく、その第2条に、国民の祝日が15列挙され、何をお祝いする祝日なのかも書かれている。


        どんな祝日があるのかというと、「元日」「成人の日」「建国記念の日」「憲法記念日」......「体育の日」「文化の日」「勤労感謝の日」と続き、最後は「天皇誕生日」になる。祝日が何月何日なのかを見てみると、大きく二つに分類されることがわかる。一つは、「元日(1月1日)」「憲法記念日(5月3日)」など、月日が「固定」されているグループで、これが全部で8つある。もう一つは「成人の日(1月の第2月曜日)」「海の日(7月の第3土曜日)」など、月日が年によって「変化」するグループで、これが全部で7つある。


        まあ、そんなことは大したことではないのだが、僕が注目するのは、何をお祝いするのか、その目的部分だ。「元日」は、「年の初めを祝う。」とある。なるほど、なるほど。そして、今日「こどもの日」はこう書かれている。曰く「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」。


        国民の成長や健康に直接言及している祝日はこの「こどもの日」のほかに、「成人の日(おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます。)」と「敬老の日(多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う。)」の二つがある。この二つは、お祝いの目的を読むと、なんとなく「あー、そうだよなあ。」とすぐに合点が行く。しかしながら、「こどもの日」をお祝いする目的を読むと、僕はなんとなく違和感を覚える。


        その前に、5月5日は「端午の節句」でもあるが、「端午の節句」=「こどもの日」ではない。ご存知のように、3月3日は「桃の節句」で女性のための節句、一方、「端午の節句」は男性のための節句で、鯉のぼりなどを掲げるのは飽くまでも「端午の節句」に基づくもので、「こどもの日」に基づくものではない。


        「こどもの日」の「こども」というのは、男女両方のことなのだ。まあ、ここまでは割とよく知られたことだと思うのだが、また暴論と言われるかもしれないが、僕が気になるのは「こどもの人格を重んじる」「母親に感謝する」という部分だ。


        「こどもの人格を重んじる」というのは、両親や社会全体がこどもを大切にするということだと思うが、どうしても「こども」と「人格」という組み合わせというか、バランスがよくないように思うのだ。誤解してほしくないのだが、こどもに人格がないと言っているのではない。こどもも含め、人間なら誰にでも重んずべき人格があると思うが、僕なら素直に「ごどもを大切(または、大事)にして」と書きたいところだ。


        「母親に感謝する」というのは、今度は、こどものほうが母親に感謝するということだ。みなさんのなかにも、「どうして母親だけなんだ。父親にも感謝すべきじゃないか。」、という疑問を持たれた方がいらっしゃると思う。もっともな疑問だと思う。こどもを育てるのは母親だからとか、家事をやっているのは母親だからとか、いろいろ理由があるのかもしれないが、時代の変化のこともあるが、冷静に考えてみれば、やはり、父親にも感謝すべきだと思う。


        だから僕は「母親に感謝する」ではなくて、単に「親に感謝する」としたら良いのではないかと思う。現実的なことを考えてみても、不幸にして母親がいなくて、父親とこどもだけの親子だって少なからずいると思う。そういう場合には、「母親に感謝する」という表現では不都合が起こってしまうのではないだろうか。


        せっかくの楽しい祝日なのに、つまらない話をダラダラ書いてしまい、申し訳ありませんでした。


        写真は、オーストラリアの女優、二コール・キッドマン(映画「EYES WIDE SHUT」はよかった。)。明日の夜、仕事でオーストラリアに行きます。水曜日の夜に戻ります。もし時間があったら、現地の様子をレポートしますね。

        | red | 時事 | 21:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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          事件は、現場で今起こっているのです。
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          憲法の話。


          僕は今日で満52歳になった。そう、僕は昭和35年の憲法記念日に生まれた。昭和35年と書くと、本当に遠い昔のように感じる。


          ご存知のように、現在の日本国憲法は昭和21年に公布されて以来、一度も改正されたことがない。このような憲法は世界的に見た場合、とても稀なことなのだそうだ。そんな憲法を今のまま維持すべきだとする護憲派と、改正すべしとする改憲派の意見がずっと並存していて、結果として、これまで改憲されずに現在に至っている。


          さて、野田総理が先日、アメリカを公式訪問して、日米関係をこれまで以上に深化させることでオバマ大統領と合意した。とくに日本の防衛については、第二次大戦以降、アメリカに完全依存してきたわけだから、日本はアメリカに「低姿勢」で臨んだに違いない。


          戦争とか防衛に関することは、憲法第9条に「戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認」と題して規定されている。護憲派と改憲派の違いが最も顕著なのが、この第9条に関する解釈だとされている。この点については多くの専門家がこれまで膨大な議論を尽くしてきているので、素人の僕が出る幕は全くないのだが、憲法記念日に生まれた一人として、ちょっとだけ意見を述べることを許してほしい。


          交戦権とは何かとか、自衛とは何かとか、武力の行使とは何かとか、素人の僕にはよくわからないけれど、いつまでも言葉の定義をめぐって議論をし続けていても、現実的な対応はできないような気がする。事実、北朝鮮のミサイル発射に対する政府の対応は、実にお粗末であった。今回の場合は、北朝鮮がミサイルを発射するぞ、発射するぞと「事前予告」があり、日本は対応に十分な時間があったにもかかわらず、ご存知のような結果になったのであるから、予告なしに突然ミサイルが発射された場合には、日本が被弾することは確実なような気がする。


          法律も大切だし、マニュアルも大切かもしれない。でも、もっと大切なことは、日本が他国から侵略されそうになり、国民の生命が危機にさらされたときに、国家は国民の生命と財産を守るために、あらゆる手段を尽くすという、およそ国家なら当たり前のことを、当たり前に粛々と行うということだと思う。その際に、場合によっては、法律を犯してもやらなければならないことも出てくると思う。


          たとえそうであっても、国民の生命と財産を守る目的でなされた「違法行為」について、国民は政府を責めることはないと思う。そういえば、東日本大震災に関する対応を見ていても、いろいろな規制(法律、ルール)が政府の対応を遅らせている。「戦争」「大震災」というのは最も深刻な緊急事態であるから、超法規的なことであっても、国民の利益に合致するものであれば、法律などのことは後回しにして、現実的な対応として行うべきだと思う。


          偉い人、エリートの人間には、現場対応力というか、現実対応力というか、作家の佐藤優さんの言葉を借りれば「地頭」がないような気がする。思うに、大切なのは、法律でもマニュアルでもない、月並みかもしれないが常識力、現場力ではないだろうか。

           

          写真は、新宿駅西口。今日はこれから新宿で、一杯やってきます。

          | red | 雑感 | 15:00 | comments(4) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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            唄い、踊り、そして飲もう。
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            沖縄の話。


            ゴールデンウィーク真っ只中であるが、僕はどこにも行かずずっと東京にいる。昨夜は新宿の飲食店のほうに少し顔を出してから、歌舞伎町で一杯やった。さすがに閉めている店も多かったが、いつものように看板にあかりが灯っている店もあって、僕は、たまに行くあるバーに立ち寄った。


            その店に、沖縄の歌がとても上手な若い男性スタッフがいる。たまにリクエストするときには、BEGINの「三線の花」という曲をお願いしている。「涙そうそう」や「島人ぬ宝」もいいのであるが、僕は「三線の花」の歌詞と、カラオケ画面に映るプロモーション・ビデオ(PV)がいかにも沖縄らしくて好きなのである。


            ♪ 喜びも悲しみも いつの日か唄えるなら
            この島の土の中 秋に泣き冬に耐え
            春に咲く三線の花


            この歌詞のあたりにくると僕はいつも、ジーンとくる。ご存知のように、沖縄はとてもつらい歴史を持っている。その昔、琉球王国と呼ばれていた頃から過酷な税の取立てに苦しめられてきて、通常の年貢のほかに、海産物や船具の物納税や強制労働の制度もあったとされる。


            ただ、厳しい税の取立てからくる貧困の土地にあって、唄と踊り、そして酒だけは人々の生活のなかにしっかりと根付いていた。唄と踊り、そして酒は沖縄の人々の生活そのものだったのだ。そういえば、新宿ゴールデン街のとあるバーに、沖縄出身の女性スタッフがいる。彼女の本職は歌手で、お酒は滅法強い。普段はビールやワインを飲んでいるようだが、アルコール度数の高い泡盛ももちろん飲めるという。


            普天間をはじめとする米軍基地問題でも、沖縄は苦労している。「もう勘弁してくれ」、そんな沖縄の悲鳴が聞こえてきそうだ。そういう辛さを一時忘れさせてくれるものが、唄であり、踊りであり、そして酒なのではないかと僕は思っている。


            写真右は、沖縄出身の元歌手、南沙織さん(ちなみに左は、朝丘めぐみさん。)。沖縄出身の歌手といえば、安室奈美恵さんとかSPEEDを思い浮かべる人が多いかもしれないが、沖縄出身の元祖アイドル歌手といえばなんといっても南沙織さんだと思う(現在、篠山紀信氏夫人)。

            | red | | 09:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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              安かろう悪かろう、の反省。
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              安さの話。


              ゴールデンウィークがスタートした直後、悲惨な事故が関越自動車道で起こった。ディズニーランドを目指した大型観光バスが道路脇の壁に激突。バスは真っ二つになり、40名以上が死傷する大惨事となった。


              詳しい原因究明はこれからだが、運転手の居眠りが原因と見られている。事故を起こした運転手は、一人で運転していたという。推測するに、運転手が二人だと旅行会社、バス会社とも採算が合わないくらいの「激安ツアー」だったのだろう。「安かろう悪かろう」という言葉があるが、何でも安ければ良いという時代の風潮に、今回の事故が警鐘を鳴らしてくれればと、僕は思った。


              格安航空会社が本格営業を始めたが、僕は利用する気に全くなれなかった。サービスを減らし、人件費を節約したが、安全面は大丈夫と航空会社は胸を張るが、にわかに信じ難い。コスト削減を追及するあまり、どこかに必ず負胆、負荷がかかって、いつか事故が起きる気がしてならないのだ。


              モノの値段が下がるというのは消費者にとっては幸せなことかもしれない。しかしながら、どんなことにも程度問題というのがあって、物価が下がり続けるデフレ社会が長く続いてしまうと、価格競争力のない中小・零細企業は倒産し、失業者が増える。また、製品やサービスの品質劣化が生じ(今回のバス事故はその具体例と言える。)、結果、さまざまな「事故」が起こり国民生活を脅かすことになる。


              こう書くと暴論かもしれないが、ある程度のお金の余裕、無駄というのは、実は、国民生活を守るために必要なことだと僕は思っている。今回の件にしても、片道3900円を5000円にしていたら、運転手がもう一人配置されて、事故は防げたかもしれない。そう考えると、我々消費者は、なんでもかんでも、安ければよいという消費態度を、改める必要があるような気がしてならない。


              そうでもしなければ、製品やサービスを供給するサイドの企業は、いつまでも「安かろう悪かろう」的な製品やサービスを提供し続けるに違いない。


              しかしながら、少しでも安いものを買いたいというのは人情である。もしそうであるならば、社会を、デフレ社会からインフレ社会に転じていく政策を政府は早急に取るべきである。そのために、消費増税はやってはいけない。消費税が上げれば消費が一層冷えるから、今よりデフレ社会が深刻になることは、素人が考えてもわかることだ。


              個人も企業もお金を使えない今、お金を使えるのは唯一政府しかないのだ。必要なお金なら、いくらでも作れる。造幣局にある輪転機をフル稼働させて紙幣を刷ればいいのだ。そのお金を、震災復興やその他の公共事業に使って世の中にお金を循環させることが、政府が今やるべきことだと思う。そうすれば、世の中は必ずインフレに転じるし、円の価値は相対的に低下して、円安傾向にも寄与することになる。


              そうしないと、いつまでも片道運賃3900円、運転手1名のバスに国民は乗ってしまい、事故はなくならないに違いない。

               

              写真は、キャスターの吉田恵さん。めざましテレビの頃から観ていたが、最近離婚したことがわかった。写真は若い頃のものだが、こんな美人でも離婚してしまうんだね。

              | red | 時事 | 15:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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                男と女、いろいろ、エロエロ。
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                男と女の話。


                3日前、政治資金規正法違反で起訴されていた小沢一郎氏に対し、東京地裁は無罪を言い渡した。政界の大物ということもあり、マスコミは判決をトップニュースで伝えた。有罪なのか無罪なのか僕も興味はあったが、もっと興味があったのは、同じ日に同じ東京地裁で行われた、いわゆる寺田農(みのり)裁判の第一回口頭弁論のほうだ。


                俳優の寺田農(69)さんは、10年近く事実婚状態にあったと主張する実業家の尾台あけみ(55)さんから、婚約不履行を理由に慰謝料5500万円を支払うよう訴訟を起こされたのだ。寺田さんは一昨年、現在の妻(37)と再婚したが、尾台さんによれば、寺田さんは毎年正月になると、今年は籍を入れられるように頑張る、そう言い続けてきたという。


                付き合ったり、結婚したりするときより、別れたり、離婚したりするときのほうが、必要とするエネルギーは大きいに違いない。そして、別れたり、離婚するときには、人間のいろいろなものがドロドロ出てくるから、野次馬の僕としては、今回の寺田農裁判がどう決着するのか、とても興味があるのだ。


                数年前、寺田さんはある新聞に次のようなことを書かれていた。淡々と、自然体で生きて、そして死んでいくという寺田さんの考え方が気に入って、記事の内容を保管していた。


                曰く「人生はしょせん、なるようにしかならない。でも、懸命にベストを尽くさないと、なるようにすらならない。たかが人生、死ぬまでの暇つぶし。でも、ありとあらゆる所に好奇心と興味を持って首を突っ込み、何事も一所懸命やらないと、人生の暇つぶしなんてできないのだから。」。「やりたいことを毎日やって、最期は『まあ、こんなもんかな』なんて言いながら死にたい。これが究極の夢だな。」。


                男女のことは他人にはわからないものであるが、寺田さんには、この言葉に相応しい対応を裁判ではしてほしいと思う。


                写真は、タレントの長谷川理恵さん。現在妊娠4か月だそうです。計算上、元恋人の神田正輝さんと別れた直後に妊娠したようです。人生いろいろ、人生エロエロ、だね。

                | red | テレビ | 19:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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                  二股男には、必殺のお仕置を?
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                  悪人の話。


                  昔、必殺シリーズというのがあった。藤田まこと演じる中村主水などの裏稼業人が、世にはびこる悪を退治するという話である。退治される悪人というのは本当に極悪人ばかりで、こいつらをいつまでも生かしておくと、世の中のためにならない、さっさと殺してしまえ、子ども心に僕もそう思いながらテレビを観ていた。


                  悪人を懲らしめるというのは、本当に気持ちのいいものである。勧善懲悪という言葉があるが、それは確かに間違っていないし、それはそれでいいと思うが、この頃、なんでもかんでも「悪人」に仕立てようとするムードが世の中に広がりつつあるような気がして仕方ない。そして、一旦「悪人」のレッテルが誰かに貼られると、国民はその「悪人」に対して容赦なき批判を加え、「悪人」が葬り去られるまでそれらは続く。


                  公務員が多いと誰かが言い出せば、公務員は悪人だから削減しろと言う。大阪で、市営のバス運転手の給料が高いと誰かが言い出せば、バス運転手は悪人だから給料を減らせと言う。TPP問題に関連し、日本の農業が効率的でないのは、農家の努力が足りないからだと誰かが言い出すと、悪いのは日本の農家なのだから世界に市場を開放しろと言う。


                  こういう言葉だけ聞くと、当事者でない人間はすぐに「そうだ、そうだ、悪人は早く懲らしめろ!」と同調する。でも、人の生活に係わることについて、そんなに簡単に判断していいものかと僕は思う。公務員にも、バス運転手にも、農家にも、それぞれの生活があるわけだし、これからも生活していかなければならない。そういう重たいことを、詳しい事情もよく知らないくせに、なんでもかんでも×印をつけたがる今の傾向というのは、如何なものかと僕は思う。


                  なんでも極端に走りすぎる、そんな感じがする。どこかで折り合いをつける工夫、中庸の精神、そういった本来日本人の持っている精神が薄れてきているような気がして仕方ない。


                  さて、今日から釧路に来ている。濃霧(ガス)が発生し、風が強く、気温も低い。明日に備え、今日はあまり飲まないようにしたい。


                  写真は、モデルの冨永愛さん。二股をかけられていたらしい。二股をかけた男性は必殺仕置人のターゲットだろうか?

                  | red | テレビ | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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                    酒は美味いし、ネーちゃんは綺麗だ。
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                    北海道の話。


                    お久しぶりねのブログ更新です。


                    さて、少し前に、僕はこれからも、日本の美味しいお米を食べ続けますという話を書いた。先週のことであるが、日本穀物検定協会という機関が、2011年産米の「食味ランキング」を発表した。それによると、最高評価「特A」には26銘柄が選ばれたが、そのなかに、北海道の「ゆめぴりか」「ななつぼし」の2銘柄も入った。


                    僕が経営に携わっている新宿の飲食店でも北海道産米を使っているが、多くの方から、美味しいとの評価をいただいている。思い出してみると、僕が釧路で過ごした今から40年くらい前の頃は、北海道産米は本当に美味しくなかった。僕の家は大家族だったから、経済的な理由から安いお米しか買えなかったことも原因だったかもしれないが、いずれにしろ、今の北海道産米は本州産米と同じくらい美味しくなったことが今回証明されたわけだ。


                    これもひとえに品種改良の賜物なのだと思うが、今回の件を知ったときに、数年前に札幌に出張したときのことを思い出した。それは、学生時代に行き付けだった中華料理店に久しぶりに顔を出したときの話で、その店の屈強なマスターがチャーハンを作りながら「最近の北海道産米は、粘りが出てきてチャーハンが上手く作れなくなった。」と僕に話してくれたのだ。なるほどそんなものかなあ、と僕はそのとき思ったが、今ならマスターの話が十分理解できる。


                    お米の収穫量という観点からすると、北海道は新潟と一位を争っている。今後は多分、北海道が新潟を大きく引き離すに違いない。また、食料自給率という視点でみると、全国平均が40%程度であるのに対し、北海道はなんと200%であり、北海道の「食料基地」としての存在感は今後ますます高まっていくに違いない。


                    ちょっと話が飛ぶが、7月から予定されている再生可能エネルギー(太陽光、風力等)の買取義務化を踏まえ、すでに複数の事業者が、太陽光発電事業を僕の出身地である釧路で実施することを発表した。釧路は寒い、そういうイメージがあるかもしれないが、実は晴れの日がとても多くて、太陽光発電事業には適地なのだ。釧路を含めた道東地区は総じて日照時間が長いため、釧路以外でも太陽光発電事業が行われることになっている。


                    人間にとって「食とエネルギー」は生活の基本である。住むところももちろん必要であるが、分譲にしろ賃貸にしろ、不動産価格は東京の2分の1から3分の1程度と安い。これらのことを考え合わせると、みなさん、北海道に住まれたら如何ですか、そう僕は言いたくなる(北海道にも原子力発電所が1基あるが、仮に廃炉になったとしても、再生可能エネルギーを活用すれば、電気は十分供給できるらしい。)。


                    お米が美味しくなるということは、当然、美味しい日本酒が出来るということだ。事実、僕の新宿のお店でも、一番人気は北海道の辛口の地酒だ。


                    ところで、よく周囲の人から、「北海道の女性は綺麗だね。」と言われることがある。まあ、多分、そうなのかもしれない。この評価がもし正しいとすれば、北海道は「酒は美味いし、ネーちゃは綺麗だ」ということになるから、男性にとって北海道は天国ということになるのではないだうか。


                    写真は、昨夜の新宿。北海道生まれの僕だけど、新宿は第二の故郷だ。

                    | red | 北海道 | 00:03 | comments(2) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
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                      再び、ジャパン・アズ・ナンバーワン。
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                      ジャパンの話。


                      あるアメリカの社会学者が1979年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本を出版し、ベストセラーになった。この本は、戦後、高度経済成長を日本が成し遂げた理由を探ったもので、主に終身雇用・年功序列などの日本的経営と、日本人の勤勉さが、高度経済長の大きな基盤になったと分析した。


                      当時のアメリカ経済は最悪で、著者は、日本的経営を学ぶべきだとも指摘した。日本人としてはなんとも嬉しくなる話であるが、現在の経済状況は、当時と正反対になっている。そんななか、昨日発売された「週刊東洋経済」は、「10年後 日本人が食える仕事」という特集を行い、「日本流」をもう一度見直そうと提案している。


                      昨年9月、札幌である研修を企画した。グループ企業の役員に集まってもらい、著名な経済学者の方に講義をしていただいた。その方は、ドライな欧米型企業経営を以前は支持していたのだが、今なすべきは、人間中心の日本型企業経営であるという趣旨の本を書かれていて、それを読んで感銘を受けた僕が、無理を言って札幌まで来ていただいたのだ。


                      その先生が、自動車のバンパーの話をされた。バンパーの裏側というのは外からは見えない部分であるから、普通は綺麗に仕上げない。でも日本の自動車メーカーは、その見えない裏側部分まで綺麗にする。欧米人にはそこのところが理解できないが、日本人には見えないところまで心遣いをするという、丁寧さとサービス精神があり、そういった精神を生かした日本型経営が今再び求められている、先生はそう指摘された。


                      さて、「週刊東洋経済」に戻る。ある識者は、これからの経営に大切なのは英語であるとか、アジアに拠点を持つことだと主張するが、僕が納得したのは別のあるコンサルタントの話だ。その方が言うには、日本企業が持っているのは技術力ではなく(もちろん、一定の技術力はあるが。)、製品、商品をきちんと作る「丁寧さ」だという。


                      例えば、観光で日本に来る中国人に今人気なのが、爪切りだという。価格は高くはなくハイテクでもないが、側面には爪が飛び散らないようにプラスチックカバーが付いているなど、実に丁寧に作られていて、そこが「日本的」で中国人に人気が高いと言うのだ。


                      自分のことは自分が一番よくわかっていない、僕はそう思うが、日本人も、グローバル化という大きな波に飲み込まれてしまって、日本人が本来持つ心配り、丁寧さ、謙虚さ、サービス精神、勤勉さといったものの大切さを少しの間忘れてしまっていたのかもしれない。


                      日本人が本来持つ良さを全面的に打ち出すことが、世界で勝負できる唯一無二の方法であることを、遅ればせながら気付き始めた人がこの頃増えてきたように、僕は感じる。


                      写真中央は、今年のミスユニバース日本代表、原綾子さん。本大会でも、日本人らしさを出してがんばってほしい。


                       

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