人生はいろいろ。そして、人生はエロエロ。
0
    スポンサーサイト

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    | スポンサードリンク | - | | - | - | - | - |
    0
      親分が決めるのです。

      JUGEMテーマ:日記・一般


      親分の話。



      先日、タクシーに乗ったときの話。深夜、新宿あたりでお客さんを乗せると、生意気な言葉遣いをしたり、暴言を吐いたりする若者が少なくないという話を運転手さんがしてくれた。なかには、あきらかにチンピラと思われる若者もいるという。もちろん、怖くて喧嘩はできないが、正直頭にくると言っていた。



      たまに、どう見てもヤクザの親分といった感じの人が乗ってくる。でも、ヤクザの世界でもトップに立つ人は、丁寧な言葉遣いで紳士的に対応してくれる。あるとき、後部座席に乗っていた親分の携帯電話が鳴った。それまで静かだった親分が急に激怒して大きな声を出した。どうやら、部下が面倒を起こしたようだった。



      その面倒を収めるため、親分は当初の行き先を変更せざるを得なくなった。「運転手さん、近くなっちゃってごめんね。」、親分はそう言って行き先の変更を運転手に詫びたという。



      北野武監督の「アウトレイジ」シリーズを観ると、ヤクザ世界のことを垣間みることができる。殺し合い、殴り合い、組間の抗争が延々と繰り返されるが、そんななかで組長の仕事、役割ははっきりしていて、それは、組全体を束ねることと、組を存続させ、組員が生きて行くために自分たちの縄張り(シマ)を守っていくこと、この二つだ。



      組員のなかでも考え方、意見はいろいろあって、武闘派といった好戦的な組員もいれば、穏健派といった争いをあまり好まない組員もいる。たとえ組員にいろいろな考え方、意見があっても、最後に決断し、実行することが組長に求められるわけで、それができない組長は組長失格になるのである。



      政治の世界でもビジネスの世界でも、同じようなことが言えるに違いない。政治の世界で言えば、安倍総理が組長である。経済政策、外交政策、原発問題等々、ありとあらゆることに対して、百万の意見が国民から出てくる。しかしながら安倍総理は、統治能力を発揮して国民全体をまとめ、ものごとを一つ一つ前に進めていかなければならない。



      国民がもっとも嫌うことは、停滞である。決まらない、進まない、そういった状況に国民はフラストレーションを感じる。例えが適切ではないが、男女がデートをしたときに、レストランで何食べると女性が男性に聞いても、ぐずぐずして男性がすぐ決めない、そのときに女性が感じるイライラ感、政治の停滞に対する国民のストレス感はこれに似ているような気がする。



      まあ、いろいろな人がいろいろなことを言うけれど、安倍総理は安定した国民生活を実現するために、国全体をまとめるようがんばってほしいと思う。



      さて、今日は成人式だけど、あいにくの天気になってしまった。東京も雪が降ってきた。でも北海道で生まれ育った僕は、冬に雪がないとなんとなく物足りなく思う。写真は、風景壁紙.comから拝借した北海道の冬の風景。本当に寒そうだね。

      | red | 映画 | 10:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      0
        外はキラキラ、中はドロドロ。
        JUGEMテーマ:日記・一般



        金環日食の話。


        金環日食の話で今朝は大騒ぎだった。通勤途中、黒い日食グラスを持って太陽を見上げる人を多く見かけた。僕は日食グラスを持っていなかったので、肉眼で金環日食を目撃したが、目が痛くて5秒も見続けられなかった。太陽光線の威力って、想像以上に強いんだね。


        幻想的だった、綺麗だった、金環日食の感想はおおむねそんなところだろうか。確かに、外側のリングの部分は輝いていたが、そのリングの内側、つまり月は、地球と太陽の間に挟まれて真っ黒になっていた。ところで、英語で太陽はSUN、月はMOONだが、SUNSHINE(晴天)、SUNRISE(日の出)といった英単語からもわかるように、SUNは「陽」の性質を有していると言える。


        一方、月に関する形容詞はLUNARである(反対語は、SOLARである。)。僕の持っている古い英和辞典を調べてみると、THE LUNAR ORBIT(月の軌道)という用例が載っていた。このLUNARに似た形容詞にLUNATICというのがある。精神異常の、発狂の、そういった意味の単語である。


        LUNA=月であるが、古くから西洋では、月は人間を惑わすと考えられていたので、LUNATICは精神異常の、発狂のといった意味になった。こうしてみると、太陽が文字通り「陽」であるのに対し、月というのは「陰」、そういう対比が出来ているような気がする(ちょっと、理屈っぽくなってしまった。)。


        さて、昔、「金環蝕(きんかんしょく)」という映画があった(蝕は、食と同じ意味と考えてください。)。石川達三の同名小説が原作であるが、僕は小説は読んだことがないが、映画のほうは一度だけ観た。どんな映画かといえば、一言で言えば、自民党時代の総裁選挙に端を発した汚職事件と、政財界の黒い内幕を描いた映画ということになるだろう。まあ、今も昔の政財界の黒い闇は変わっていないような気もするが、それはさて置き、なぜこの映画のタイトルが「金環蝕」なのかということである。


        太陽のリングは輝いているが、その中に包まれた月は黒い、これが今回の金環日食であるが、この天体現象を「一見輝かしいが、その実、ドロドロに腐っている」政財界に模したのである。だが、思うに、政財界に限らず、どんな世界にも多かれ少なかれ、そういった「光と影」「陰と陽」というものはあるような気がする。「金環蝕」という映画は、「世の中はそういうものですよ。」ということを教えようとしたのであり、世の中から「影」「陰」「裏」といった黒い部分を葬り去れと言っているのでは決してないように僕は思う。


        清く正しく美しくでは、世の中、窮屈である。犯罪を犯してもよいということではもちろんないが、正論ばかりでは疲れてしまう。

         

        写真は、今夜7時前の高円寺純情商店街。「純情」という言葉が新鮮に響く。

        | red | 映画 | 22:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        0
          復讐、あなたを殺し、私は監獄に行きます。
          JUGEMテーマ:日記・一般



          復讐の話。


          僕は独身なので男女の恋愛とか、離婚とかについて偉そうなことを言える立場にはないが、またしても離婚に際して「性格の不一致」という言葉が登場した。昨日、タレントの田中律子さんが15年間にわたる結婚生活にピリオドを打ち、離婚することが明らかになった。田中さんが所属する事務所は田中さんの離婚について「性格の不一致」が原因と発表した。


          以前にも書いたが(2011.7.13)、離婚の際の常套句として「性格の不一致」や「考え方の相違」というのがあるけれども、そもそも論として、性格や考え方が一致しているカップルとか夫婦のほうがレアじゃないかと思う。いずれにしろ、離婚の際に「性格の不一致」といった手垢のついた古い言葉はもう使わないで、「夫が嫌いになった」「妻が嫌いになった」と正直に言うほうが、わかりやすくてスッキリするような感じがする。


          さて、俳優の船越英一郎さんとタレントの松居一代さんはおしどり夫婦として有名である。昨年10月、船越さんに対する「激愛」を松居さんは次のような言葉で表現した。「もし何か間違い(浮気)を起こした時は、船越を殺して私は監獄に入る覚悟をしています。」。


          この言葉、結構深いものがあるなあと僕は思った。僕は恋愛経験が少ないのでよくわからないのだが、夫が浮気をした場合、妻が復讐する相手は、果たして夫なのか、それとも夫を寝取ろうとした浮気相手の女性なのか、はたまたその両方なのか。


          いま復讐という言葉が出た。ある学者によれば、法律を犯した者に課される刑罰というのは、復讐そのものであるとされる。個人が復讐する権利は、江戸時代までは武士に認められていたという話を聞いたことがある。そして江戸時代以降、個人の復讐する権利は国家に委譲(委託)された、別の言い方をすれば、個人の復讐する権利は国家に奪われたと言えるのかもしれない。


          まあ、難しい話は法律の専門家に任せるとして、浮気した夫を殺すという松居さんの発言は、夫婦関係を破壊した「犯罪者」(船越さんのことですが、ごめんなさい。)に対する復讐の発想であり、その後に続く「監獄に入ります」という発言部分は、江戸時代であればそうする必要がなかったかもしれないが、現代では個人の復讐権が認められていない以上、松居さんは刑務所に入らなければならないということになる。そういう点からすると、松居さんは現代の法律のことをよくご存知だと言えるかもしれない。


          写真は、映画「復讐するは我にあり」の一シーン。「復讐するは我にあり」というのは聖書からきている言葉で、この場合「我」とは神のことで、傷を受けた人(被害者)が復讐をしてはいけない、復讐を施すのは神であるという意味である。

           


           

          | red | 映画 | 23:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          0
            美談より、醜い話を聞いてみたい。
            JUGEMテーマ:日記・一般



            砂の器の話。


            テレビ朝日系列で2夜にわたり、「砂の器」が放映された。「砂の器」は松本清張原作の長編推理小説で、これまで何度もテレビドラマ化されてきた。映画化は一回だけだが、何度観ても惹かれる映画だ。


            新進気鋭の若手音楽家は不幸な幼少時代の記録を消し去るため、戦後の混乱期に戸籍が簡単に創れたことを利用し、それまでの本名(本浦秀夫)とは別の名前(和賀英良)を名乗り「第二の人生」を歩む。ところがあるとき、自分の過去を知る人間(三木謙一)が和賀の前に現れる。三木がいると、音楽界の栄光に傷がつくと考えた和賀は、国鉄蒲田操車場内で三木を殺す。


            何とも切なくて、やり切れない話であるが、そこに僕はこの映画の魅力を感じる。


            人や企業のサクセスストーリーというのもいいが、総じてつまらない。なぜなら、サクセスストーリーは、才能がもともとあったとか、ツキが味方したとか、そういう要素が大半を占めていて(血の出るような努力もあったかもしれないが。)、「あー、それはよかったね。」で終わってしまうからだ。人間というのは残酷な部分がかなりあって、サクセスストーリーよりも、人や企業が判断を誤ったとか、罪を犯したとか、嘘を言って非難されたとか、大失敗して破産したとか、そういうダメな話のほうに、興味をそそられるのではないだろうか。


            そういえば、引退したある大物芸能人が司会をしていた番組に「深イイ話」を披露するという番組があった。僕はこの手の番組が好きではないが、想像するに、僕も含めて多くの人は、美談に満ちた「深イイ話」よりも、人間の業とか醜さが盛り込まれた「深ワルイ話」のほうに惹きつけられるのではないだろうか。「砂の器」の犯人・和賀が持っていた「業」「醜さ」は、人間であれば多かれ少なかれ誰でも持っているもので、この「深ワルイ話」に我々は人間の本質を見た思いがして、感動するのだと思う。


            さて、今週末は新宿、熊野神社のお祭りということで、小田急ハルクの前には提灯が飾られていた(写真)。それにしても、今はまだ夏なのか、それとも暦どおりの秋なのか、よくわからない日々が続いているね。
             

            | red | 映画 | 20:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            1
            愛とエロスと、ユーモアと。
            JUGEMテーマ:日記・一般



            杉本さんの話。


            杉本さんとは、女優・杉本彩さんのこと。ご存知のとおり、今年4月に、杉本さんは再婚していたことがわかった。先月の結婚会見で彼女は、夫のことを「身を挺して私のことを守ってくれる番犬のような人」と評し、また、どんな家庭を築きたいかとの質問に対しては「愛とエロスとユーモアのある家庭を築きたい」と、彼女らしい答えをしていた。


            実は、僕は彼女のファンなのです。その理由の第一は、何と言っても、男として感じられずにはいられない、豊満でセクシーな肉体だ。写真集やビデオももちろん素晴らしいが、彼女の肉体的魅力を最大限に引き出したのはやはり、映画「花と蛇」だったと思う(写真)。なかでも、SMシーンは圧巻で、多分、いろいろな「攻め」に彼女は本気で感じていたに違いない。


            ファンである理由の第二は、彼女に人間的魅力があることだ。家族のこと、仕事のこと、離婚のことなど、いろいろな事情がこれまであったようだが、彼女はそれらのことを自分なりにキチッと整理する能力を持っていて、その整理されたものに基づいて、男性との付き合い方、仕事に対する取り組み方などの「処方箋」を、自分自身で書ける力を有している。


            こういった能力は、凡人に備わっているものではない。感受性が強く、かつ、強い意志を持った人間でなければ(彼女は、自分は「男」ではないかと言っている。)、このような能力は発揮できないであろう。彼女のことは、『リベラルライフ』という自叙伝を読むとよく理解できる。文章力も立派なものだが、なによりも、思わず頷いてしまう彼女の「モノの見方」が魅力的だ。


            本から、一つだけ引用してみる。「男は、社会という狩りの場で、大きな獲物を捕ることに、自分のアイデンティティーを見出そうとしている。」。一方、「女は、獲物の大きさよりも、いかに自分が狙い通りに獲物を捕れるかを考える。」、杉本さんはそう分析する。「いかに自分が狙い通りに獲物を捕れるかを考える」、女性のこの特性、男性からすると、ちと怖いかも。


            杉本さんには、これからもどんどん活躍してもらいたいと思う。

             

            | red | 映画 | 00:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            CALENDAR
            SMTWTFS
                123
            45678910
            11121314151617
            18192021222324
            252627282930 
            << June 2017 >>
            PR
            SELECTED ENTRIES
            CATEGORIES
            ARCHIVES
            RECENT COMMENTS
            MOBILE
            qrcode
            PROFILE
            このページの先頭へ