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      これが私の生きる道。
      JUGEMテーマ:日記・一般



      大晦日の話。


      今年も今日一日を残すばかりとなってしまった。僕は今年も北海道に帰省せずここ東京で新年を迎える。さて、来年は巳年。株式相場の世界では「辰巳天井」という格言があり、実際、今月28日の大納会は13年ぶりに終値で年初来高値を更新して終了した。格言どおりにいけば、巳年の来年は一段の株高が期待される。


      巳年はへびどしとも言われ、ご存知のように、古来からへびは商売繁盛や金運を招く縁起のよいものととれてきた。そうなると、来年の景気回復への期待がいやが上にも高まるというものだ。


      ところで、大晦日といえば、紅白歌合戦。といっても、僕は観ていないけど、今日は家庭団欒、紅白を楽しみにしている方も多いはず。でも、最近の紅白は放送時間がちょっと長すぎるような気がする。昔は3時間弱だったが、今は4時間半くらいに伸びている。こんなに長時間だと正直、飽きるよね。


      人間は飽きっぽい動物だと思うけど、この頃は一層飽きっぽくなってきた気がする。飽きっぽいいうことと切れやすさということは、どちらも辛抱が効かないという点で同義だと思うけど、子どもが切れやすくなったということはかなり前から指摘されている。でも、切れやすくなったり飽きっぽくなったりしているのは子どもばかりではなく、大人も同じなのではないだろうか。


      好き嫌いが激しい世の中なのかもしれない。いろいろな考え方や価値観があっていいと思うけど、譲ったり、妥協したり、ぐっと堪えて折り合うという精神が希薄化してしまった感じがする。今回の総選挙では、14もの政党が立候補者を擁立したが、自分たちの主義主張を譲らず、好き嫌いを鮮明にしていくと、まとまるものもまとまらなくなるという典型事例になってしまったような気がする。


      さて、僕は正直言うと、世の中はお金ばかりじゃないと思うけど、かといって、世の中、心の豊かさだけあればそれでよいといった精神論だけで生きていけるものでもないと思う。経済的なことも精神的なことも、どちらも人間にはある程度必要に違いない。そのどちらがより重要で、そのどちらが先にあるものなのか、それはよくわからないけど、僕のこれまでの経験からすると、ある程度の経済基盤を整えることが現実には先のように思う。


      もうそうであるのなら、やはり、国民の生活水準を上げること、もっと簡単に言えば給料を上げていくことが急務だと思う。そのためには会社が儲からなければいけない。そのための政策を新政権は推し進めるというのであるから、そこは是非期待したい。ところが、世の中にはいろいろな人がいるもので、新政権の経済政策を批判する専門家も少なくない。日本が沈没しても構わないというなら別であるが、もしそうでないのなら、景気回復のために専門家は理屈ばかりこねないで建設的な行動を取るべきだと思う。


      支離滅裂になってきたが、今年最後なのでもう少し付き合っていただきたい。政治的な話はあまりしたくないが、尖閣問題についていえば、残念ながら日中の歩み寄りはなかなかみられない。日本の新政権発足後中国が「日本は歩み寄って問題解決を図るべき」と言えば、安倍総理は「尖閣は議論の余地なし」と応酬する。先ほども書いたが、問題解決の方法はお互いが譲ったり、妥協したり、ぐっと堪えたりすること以外にない。


      日本側がいくら「議論の余地なし」と言っても、現実問題として国家間の問題、それも相当な重みのある問題になっているのであるから、常識的には議論しなければならない。中国にしても、いつも自分たちだけが正しいとする中華思想はこの際捨てて、交渉のテーブルにつくべきではないだろうか。同様のことは竹島問題にも言えるが、いずれにしろ、どんな歴史的経緯経過があるにしろ、問題は厳然として今存在しているわけであるから、お互いヒステリックにならずに冷静に議論したらどうだろうか。


      今から3年前、当時の鳩山首相は北京で中国の温家宝首相、韓国の李明博大統領と三者会談を行い、鳩山首相が提案する「東アジア共同体構想」を説明し、協力を求めたが、成果はなかった。アジアは一つと叫んでみても、実際のところ、個々の国家は地理的に近いということはあっても中味のほうは大分異なっていて、一つになりきれないのが実情だ。


      一昨年亡くなられた文化人類学者の梅棹忠夫さんが著された『文明の生態史観』によれば、同じアジア人といっても、感覚的、観念的には同質かもしれないが、論理的、実質的には同質ではないとして、アジアが一つになることの難しいさを指摘している。さわさりながら、国家間の経済境界線がほとんどなくなってしまった現在、現実的にはもう後戻りできない状況になっているのであるから、各国はなんとか政治的な落としどころを見つけていく努力をしてほしいと思う。


      梅棹氏は同書で、日本という国は世界的にも独自の文明、文化を持つ国だと分析して、日本という国の特異性についても述べている。それでは、そんな日本の生きる道とはどんなものなのだろうか。前政権の民主党は「コンクリートから人へ」を掲げて政権を担ったが、ご存知のように惨めなかたちで政権を去った。そもそも、「コンクリートから人へ」のスローガン自体が間違っているような気がする。この世の中、コンクリートも人も、両方必要なのである。コンクリートの代表選手である公共工事を大幅に減らしたおかげて不景気は加速したし、一方、だからといって政権が人に特別優しく対応したのかといえば、ほとんどそういうことはなかったのではないだろうか。


      まあ、過去のことは忘れるとして、今後どうするべきか。復興も含めた、公共事業への投資は早急に実施してもらおう。なんだかんだといっても、公共事業は世の中にお金を流通させる最も手っ取り早い手段だからだ。しかしながら、公共事業だけでは長期的には経済は伸びない。なぜなら、高度経済成長の再来は今後は極めて難しいからだ。そこで僕が提案したいのは、ある意味、公共事業とは正反対に位置する事業への投資だ。それは一言で言えば、日本文化への投資だ。


      僕はテレビ好きなので、新しい情報はほとんどテレビから得るが、この頃感じることは、日本文化が海外で相当評価され、人気があるという事実だ。例えば、昔からあるもので言えばアニメーション、漫画、ゲームなどがある。これに関連してコスプレも人気だという。そのほかでは、日本食が外国人に大人気だという。海外の寿司屋、居酒屋などは現地の人たちで大賑わいだ。ロンドンでは、漢字が書かれたTシャツが流行っているらしい。漢字自体に神秘性があるという。


      ファッションもある。原宿、渋谷などで流行する奇抜なファッションはまたたくまにアジア各国に伝播する。歌もある。AKB48は台湾、中国などでも大人気だという。その他、絵画、ダンスなどもある。そして、忘れてはいけないのが、文化というより科学の分野かもしれないが、研究開発への投資だ。山中教授が今年ノーベル賞を受賞したが、ある話によると、彼の研究は事業仕分けで研究費が出ない可能性もあったという。


      日本文化や得意とする科学分野への投資もおこなうことで、日本の存在感を世界に示し「これが日本の生きる道」の方向感を明確に示して欲しいと思う。


      とりとめのない文章になってしまった。もう終わりにする。写真は、新宿駅西口。小田急ハルクのあたりから撮ったもの。ユニクロは今や世界的企業に成長した。この商法も日本のオリジナリと言えるかもしれない。


      みなさんが、健康で新年を迎えてくださることを祈念して、今年のブログは終了したいと思います。red

      | red | 雑感 | 17:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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