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      生殖行為不可能、僕も、用なしかも。
      JUGEMテーマ:日記・一般



      老いの話。


      本川達雄さんの『生物学的文明論』を読んでいたら、面白いことが書いてあった。もともと人間の寿命は40歳くらいで、それ以降の人間は、医療技術などによって支えられて生きているだけの「人工生命体」だというのだ。なるほど、そう言われて見ると、40歳くらいになると身体のいたるところにガタがくる。僕も50歳を過ぎたから、「人工生命体」ということになる。


      人間以外の動物は、老いて生殖行為ができなくなったときに「用なし」になる(「用なし」になる日が、僕も近いかも。)。それには理由があって、自然界では食料が限られているから、食料の争奪戦でもし子どもが負けて栄養状態などが悪化すると、種として子孫を残していくことができなくなってしまうからだ。


      ところで、日本人の寿命は世界一レベルで、女性は86歳、男性は79歳だ。江戸時代の日本人の寿命は40歳代、昭和22年頃でも50歳だったから、今のような長寿になったのはつい最近のことなのだ。


      さて、深山七郎の名作『楢山節考』は、姥捨て山の話だ。貧しいある山村では食料が乏しく、その村の老人は70歳になると楢山に捨てられるという掟がある。老人を捨てることは、残った家族が少ない食料などを分け合いながら生き延びていくための手だてなのだ。息子は老いた母親を背板に乗せ、その母親を捨てるために楢山に登って行く。


      長寿社会、少子化社会、そして低成長社会(所得が伸びない社会)という現代にあって、若い世代の人間は、自分が生きていくことだけで精一杯だ。そのうえ、親の面倒までみろというのは、よくよく考えてみると、酷なようにも思える。「三丁目の夕日」の時代のように、経済が右肩上がりで(当時の経済成長率は11%程度、昨年は2%台)、子どもの数も多ければ、社会全体で老人を支えることもできただろう。


      多分であるが、経済の高度成長は今後当分見込めないだろう。医療はますます進歩し、長寿社会は超長寿社会になっていくに違いない。一方、夢と希望がなかなか持てなくなった社会にあって、少子化の改善は難しいかもしれない。そうなると、長生きすることが社会、もっと言えば、国家にとって望ましいことなのか、甚だ疑問になってくる。


      ところで皆さん、今日本で、65歳以上の高齢者はどのくらいいるかご存知ですか。答えは、約3000万人。全人口に占める割合は23%を超えていて(つまり、4人に1人は65歳以上ということです。)、この割合は先進国のなかでも群を抜いている(例えば、アメリカは12%程度)。


      長寿社会。長生きすることは人間にとって喜ばしいことかもしれないが、喜んでばかりいると、そのツケが若い世代に重い負担を強いて、結果、幸せに暮らせない国民を増やしてしまうような気がする。僕は、長寿社会の問題を政治課題として取り上げることが本当は必要なのではないかと思う。


      写真は今日の銀座中央通りの歩行者天国。暑くて、道路に出ている人はまばらだ。

      | red | | 20:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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