人生はいろいろ。そして、人生はエロエロ。
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      違いがわかる人ですか?
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      舌の話。


      新年、あけましておめでとうございます。
      今年もどうぞよろしくお願いします。


      僕は昨夜、新宿ゴールデン街で新年を迎えた。僕と境遇が同じような男性諸氏でバーはどこも一杯。ママさんが特別に作ってくれた鍋をいただきながらウイスキーをガバガバ飲み、新年へのカウントダウンが終わると同時にシャンパンで乾杯した。


      僕は新宿で飲食店もやっていることもあり、食べ物や飲み物に対する関心は人並み以上にあるつもりだが、ワインやシャンパンは全く関心がないというか、自信がない。もちろんお店にはワインが数種類置いてあるが、日本酒のように自分自身で選んだものではなく、ワイン通を自称する社員に選んでもらったものが置いてある。


      さて、毎年元旦に、「芸能人格付けチェック」という僕の大好きな番組が放送される。その番組を観ながら今書いているのだが、ご存知の方も多いと思うが、高級レストランのステーキとスーパーで売っている安い肉を使ったステーキを目隠しをして芸能人に食べてもらい、どちらが高級レストランのステーキかを当てるというもので、面白いことに、ことごとく外してしまうのだ。


      今回の放送でも、1本100万円のワインと1本3千円ワインを飲み比べ、ワイン通を自称する有名芸能人が見事に外すのであるから実に痛快だ。また、30億円以上するヴァイオリンと30万円のヴァイオリンの演奏を聴き比べ、40年以上のキャリアを持つ歌手が外してしまうのだから、観てるほうは面白くてたまらない。


      一流芸能人を自負する有名人が、一流と三流を見極められない、そこがこの番組のミソである。それにしても、人間の舌とか耳は実にいい加減なものだ。誰かが「これが美味しい」と言えば、多くの人はそう信じてしまう。自分自身の舌や耳で確かめずに人の意見、世間の評判に安易に従ってしまう。でもよく考えてみると、何かに「流される」というのは食べ物や飲み物に限ったことではないかもしれない。


      まあ、今日は元日なので、あまりややこしい話はやめよう。写真は、夜景壁紙.COMから拝借した新宿の夜景。今年も新宿とは深い付き合いになりそうだ。

      | red | テレビ | 21:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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        これが私の生きる道。
        JUGEMテーマ:日記・一般



        大晦日の話。


        今年も今日一日を残すばかりとなってしまった。僕は今年も北海道に帰省せずここ東京で新年を迎える。さて、来年は巳年。株式相場の世界では「辰巳天井」という格言があり、実際、今月28日の大納会は13年ぶりに終値で年初来高値を更新して終了した。格言どおりにいけば、巳年の来年は一段の株高が期待される。


        巳年はへびどしとも言われ、ご存知のように、古来からへびは商売繁盛や金運を招く縁起のよいものととれてきた。そうなると、来年の景気回復への期待がいやが上にも高まるというものだ。


        ところで、大晦日といえば、紅白歌合戦。といっても、僕は観ていないけど、今日は家庭団欒、紅白を楽しみにしている方も多いはず。でも、最近の紅白は放送時間がちょっと長すぎるような気がする。昔は3時間弱だったが、今は4時間半くらいに伸びている。こんなに長時間だと正直、飽きるよね。


        人間は飽きっぽい動物だと思うけど、この頃は一層飽きっぽくなってきた気がする。飽きっぽいいうことと切れやすさということは、どちらも辛抱が効かないという点で同義だと思うけど、子どもが切れやすくなったということはかなり前から指摘されている。でも、切れやすくなったり飽きっぽくなったりしているのは子どもばかりではなく、大人も同じなのではないだろうか。


        好き嫌いが激しい世の中なのかもしれない。いろいろな考え方や価値観があっていいと思うけど、譲ったり、妥協したり、ぐっと堪えて折り合うという精神が希薄化してしまった感じがする。今回の総選挙では、14もの政党が立候補者を擁立したが、自分たちの主義主張を譲らず、好き嫌いを鮮明にしていくと、まとまるものもまとまらなくなるという典型事例になってしまったような気がする。


        さて、僕は正直言うと、世の中はお金ばかりじゃないと思うけど、かといって、世の中、心の豊かさだけあればそれでよいといった精神論だけで生きていけるものでもないと思う。経済的なことも精神的なことも、どちらも人間にはある程度必要に違いない。そのどちらがより重要で、そのどちらが先にあるものなのか、それはよくわからないけど、僕のこれまでの経験からすると、ある程度の経済基盤を整えることが現実には先のように思う。


        もうそうであるのなら、やはり、国民の生活水準を上げること、もっと簡単に言えば給料を上げていくことが急務だと思う。そのためには会社が儲からなければいけない。そのための政策を新政権は推し進めるというのであるから、そこは是非期待したい。ところが、世の中にはいろいろな人がいるもので、新政権の経済政策を批判する専門家も少なくない。日本が沈没しても構わないというなら別であるが、もしそうでないのなら、景気回復のために専門家は理屈ばかりこねないで建設的な行動を取るべきだと思う。


        支離滅裂になってきたが、今年最後なのでもう少し付き合っていただきたい。政治的な話はあまりしたくないが、尖閣問題についていえば、残念ながら日中の歩み寄りはなかなかみられない。日本の新政権発足後中国が「日本は歩み寄って問題解決を図るべき」と言えば、安倍総理は「尖閣は議論の余地なし」と応酬する。先ほども書いたが、問題解決の方法はお互いが譲ったり、妥協したり、ぐっと堪えたりすること以外にない。


        日本側がいくら「議論の余地なし」と言っても、現実問題として国家間の問題、それも相当な重みのある問題になっているのであるから、常識的には議論しなければならない。中国にしても、いつも自分たちだけが正しいとする中華思想はこの際捨てて、交渉のテーブルにつくべきではないだろうか。同様のことは竹島問題にも言えるが、いずれにしろ、どんな歴史的経緯経過があるにしろ、問題は厳然として今存在しているわけであるから、お互いヒステリックにならずに冷静に議論したらどうだろうか。


        今から3年前、当時の鳩山首相は北京で中国の温家宝首相、韓国の李明博大統領と三者会談を行い、鳩山首相が提案する「東アジア共同体構想」を説明し、協力を求めたが、成果はなかった。アジアは一つと叫んでみても、実際のところ、個々の国家は地理的に近いということはあっても中味のほうは大分異なっていて、一つになりきれないのが実情だ。


        一昨年亡くなられた文化人類学者の梅棹忠夫さんが著された『文明の生態史観』によれば、同じアジア人といっても、感覚的、観念的には同質かもしれないが、論理的、実質的には同質ではないとして、アジアが一つになることの難しいさを指摘している。さわさりながら、国家間の経済境界線がほとんどなくなってしまった現在、現実的にはもう後戻りできない状況になっているのであるから、各国はなんとか政治的な落としどころを見つけていく努力をしてほしいと思う。


        梅棹氏は同書で、日本という国は世界的にも独自の文明、文化を持つ国だと分析して、日本という国の特異性についても述べている。それでは、そんな日本の生きる道とはどんなものなのだろうか。前政権の民主党は「コンクリートから人へ」を掲げて政権を担ったが、ご存知のように惨めなかたちで政権を去った。そもそも、「コンクリートから人へ」のスローガン自体が間違っているような気がする。この世の中、コンクリートも人も、両方必要なのである。コンクリートの代表選手である公共工事を大幅に減らしたおかげて不景気は加速したし、一方、だからといって政権が人に特別優しく対応したのかといえば、ほとんどそういうことはなかったのではないだろうか。


        まあ、過去のことは忘れるとして、今後どうするべきか。復興も含めた、公共事業への投資は早急に実施してもらおう。なんだかんだといっても、公共事業は世の中にお金を流通させる最も手っ取り早い手段だからだ。しかしながら、公共事業だけでは長期的には経済は伸びない。なぜなら、高度経済成長の再来は今後は極めて難しいからだ。そこで僕が提案したいのは、ある意味、公共事業とは正反対に位置する事業への投資だ。それは一言で言えば、日本文化への投資だ。


        僕はテレビ好きなので、新しい情報はほとんどテレビから得るが、この頃感じることは、日本文化が海外で相当評価され、人気があるという事実だ。例えば、昔からあるもので言えばアニメーション、漫画、ゲームなどがある。これに関連してコスプレも人気だという。そのほかでは、日本食が外国人に大人気だという。海外の寿司屋、居酒屋などは現地の人たちで大賑わいだ。ロンドンでは、漢字が書かれたTシャツが流行っているらしい。漢字自体に神秘性があるという。


        ファッションもある。原宿、渋谷などで流行する奇抜なファッションはまたたくまにアジア各国に伝播する。歌もある。AKB48は台湾、中国などでも大人気だという。その他、絵画、ダンスなどもある。そして、忘れてはいけないのが、文化というより科学の分野かもしれないが、研究開発への投資だ。山中教授が今年ノーベル賞を受賞したが、ある話によると、彼の研究は事業仕分けで研究費が出ない可能性もあったという。


        日本文化や得意とする科学分野への投資もおこなうことで、日本の存在感を世界に示し「これが日本の生きる道」の方向感を明確に示して欲しいと思う。


        とりとめのない文章になってしまった。もう終わりにする。写真は、新宿駅西口。小田急ハルクのあたりから撮ったもの。ユニクロは今や世界的企業に成長した。この商法も日本のオリジナリと言えるかもしれない。


        みなさんが、健康で新年を迎えてくださることを祈念して、今年のブログは終了したいと思います。red

        | red | 雑感 | 17:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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          チャンス、チャンス、チャンス。
          JUGEMテーマ:日記・一般



          男女の話。


          今年もあと一週間を切った。あわただしい年末であるはずなのだが、僕は昨日、今日と二日間、会社を休んでしまった。さぼったわけじゃなくて、どうやらノロウイルスを罹ったみたいなのだ(しかしながら、病院の先生によると、ノロウイルスか単なる風邪かの見極めは極めて難しいという。)。


          クリスマスイブの前夜、ある食べ物を食べた後急に便意が襲ってきた。それから何度もトイレと部屋を行き来して、翌日にはお腹のほうも痛くなってきた。激しい嘔吐こそなかったが、ノロウイルスの典型的な症状のように思えた。


          昨日、近くの内科に行って薬を処方してもらったお陰で、今日午後あたりから下痢と腹痛は収まった。明日は多分会社に行けると思う。この二日間、うどんや蕎麦しか食べてなかったので、明日はちょっとだけ脂っこいものを食べてみようかと思う。


          さて、第二次安倍内閣が発足した。問題山積のなかでの船出であるが、なんとか経済再生を実現して、元気な日本を取り戻してほしいと願う。夕方発表された大臣の顔ぶれを見ると、重厚感、安定感があってなんとなくやってくれそうな気もする。そんななか、今回の内閣には女性大臣が二人登用された。また、政府三役にも女性役員が二人登用された。このような女性登用は安倍総理の方針らしいが、その部分だけ僕はちょっと引っ掛かっている。


          今回の総選挙の有権者は約1億人で、男女比でみるとほぼ一緒であるが、正確に言うと3百万人くらい女性のほうが多い。一方、総選挙で当選した女性立候補者は38人に留まった(当選者総数480人)。前回(09年)の総選挙では54人であったから大幅に減少したことになる(前回は、民主党だけで40人が当選した。)。


          当たり前のことであるが、現在の選挙制度では、投票すること、立候補することに関して、男女間に違いは一切ない。ある一定の年齢になれば、特別なことがない限り、男性であっても女性であっても自由に投票し、自由に立候補することができる。


          何をいいたのかと言うと、敢えて「女性登用」という表現を使う時代はとっくに終わっているのではないか、僕はそう言いたいのである。安倍総理は昨日、政府三役のお披露目の場で「女性が活躍しなければ、今後の日本の発展はない。」という趣旨のことを発言していたが、相当以前からそういう状況になっているわけで、このような発言が出ること事態、なにか時代遅れのような気がした。


          ビジネスの世界も含め、どんなところでも男女平等の世の中はなっている。チャンスは平等に与えられている。もしそうでなければ、誰かが必ず騒ぐだろうし、法律で争ったら男女平等と主張する側が勝つに決まっている。今はそういう世の中なのだ。


          選挙に関しても、チャンスは男女に平等に与えられているわけだから、あとは、能力、実力の世界である。そうなれば、改まって「女性登用」などと言う必要はまったくないわけで、単に「能力、実力、適性で選びました。」と言えば済むことではないだろうか。ことさら「女性登用」を強調すると、本当は安倍総理は男尊女卑ではないかと勘ぐりたくなってしまう。


          まあ、目出度い船出の日に批判めいたことを言うのは野暮かもしれないが、期待する政権なので、あえて書いてみた。


          写真は、新宿三丁目。先週、元気な頃に撮ったものです。

          | red | 時事 | 20:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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            人は見た目です?
            JUGEMテーマ:日記・一般


             
            見た目の話。


            僕は会社で人事も担当していて、新入社員や中途採用社員の面接をこれまでたくさん行ってきたが(もっとも、ここ数年新卒採用はしていないが。)、採用の難しさをいつも感じている。


            人は見た目ではないとよく言われるが、正直、見た目も重要な気がする。見た目には顔のほかに身なりも含まれる。僕は、経歴書に書かれている字の上手い、下手も気になる。もちろん、経歴が適性判断の最も大切なポイントだと思う。2、3年に1回の割合で転職しているようであれば、職場でトラブルを起こす傾向があるのではとか、辛抱がきかない人なのではと思ってしまう。


            養老孟司さんのエッセイに次のような話が紹介されている。戦時中、空軍のパイロットがどんどん死んでいく。補充しなければならないので、誰がパイロットに向くか軍隊が適性を調べるのだが、なかなかうまくいかない。そこで、よく当たると評判の人相見に若い兵隊を順繰りに見せたら、それが結局一番よかった、当時の参謀がそう回顧していたという話だ。


            人の適性を短時間で見抜くことはなかなか難しい。上の話の人相見は、若者がイケメンだとかブサイクだとか、そういう表面的なところを見たわけではなく、人相学に照らして、目、鼻、口、耳などをつぶさに見てパイロット向きの者を選んだに違いない。いずれにしろ、人の顔にはその人の持つ特徴、性格などか知らないあいだに表出しているのだろう。


            さて、尼崎連続変死事件の角田容疑者が留置所で自殺した。事件の全容解明が遅れることが懸念される。ところで、テレビでよく出てくる角田被告の写真を、みなさんはどんな感想を持って見ていただろうか。あの写真だけ見ると、「いじわるな顔」「悪党面」、そんな感じではなかったろうか。僕も正直、そう感じた。


            人は見た目ではないと言われるが、実際にはやっぱり見た目もあるような気がする。でも、人は見た目だよねと言い切ってしまうと、世の中がおかしくなってしまうから、大きな声でみんな言わないだけだろう。「そういうお前は、どんな見た目なんだ」と言われそうだが、自分の見た目は周りの方から評価をいただくしか方法がないので、みなさんに判断を委ねたい(きっと、エロ顔に違いない。)。


            新しい写真がないので、先日京都で撮った紅葉を掲載します。あしからず。

            | red | 雑感 | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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              日本プロ野球界の星になれ。
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              野球の話。


              北海道にいる友人の多くは今、北海道日本ハムファイターズのファンだ。地元北海道にフランチャイズがあるのだから、日ハムファンになるのは至極当然なことかもしれない。しかしながら、同じ北海道出身でも僕は、ひそかにずっと巨人ファンをやっている。


              さて、花巻東高校の大谷投手がすったもんだの末、日ハムに入団することが決まった。当初、大谷投手はメジャーリーグを目指すことを表明していたが、ドラフトで強硬指名した日ハムの説得に折れ、結局、日本球界でプレーすることになった。


              メジャーかそれとも日本球界か、大谷投手の選択について賛否両論があるようだ。日本球界で少し勉強してからメジャーに行くべきという意見がある一方、初志貫徹でメジャーにチャレンジするべきだという意見もある。僕の意見は、そのどちらでもない。


              そもそも論になるが、メジャー、メジャーとなぜそう騒ぐのか、僕にはよくわからない。確かに、メジャーには世界から優秀な選手がたくさん集まっていることは事実だろう。日本からも、イチロー、黒田などが現在大活躍している。一度はイチローのようにメジャーという大舞台で腕試しをしてみたい、野球を志す選手たちがそう思う気持ちは理解できる。


              日本球界でも最近は外国人選手が増えたが、それでも大半は日本人選手だ。思うに、日本には日本らしい独自の野球がある。メジャーのようなダイナミズムには欠けるかもしれないが、バントなどの小技を駆使したり、定石では考えられない意表を突く作戦に出たり、心理面で相手に揺さぶりをかけたり、メジャーではなかなかお目にかかれない面白さが日本の野球にはある。


              WBC二連覇にはそれなりの理由があるはずだ。それは一言でいえば、総合力の勝利ということだろうと思う。飛び抜けた天才はいないが、走攻守それぞれの職人が揃っていて、各自が自分の役割を十分自覚してプレーしている。メジャーのように全員が「スター」ではなく、でっこみひっこみあり、硬軟取り混ぜという、なんともいえない全体的なバランスが日本の野球を面白く、そして強くしている。


              はっきり言うが、メジャーの試合を面白いと思って観ている日本人は実は少数なのではないだろうか。もちろん、野球が面白くない=プレーの水準が低い、という等式は成り立たないが、いずれにしろ、日本の野球は世界最高水準にあることは誰もが認めるところなのだから、大谷投手はメジャーになんか行かないで、日本の野球ファンの目の前でずっと活躍して野球人生を送ってくれればいいのではないかと思う。


              写真は、星ナビ.comから拝借しました。漫画・巨人の星では、父・一徹が宵の明星を指差し飛雄馬に「巨人の明星になれ」と励ましたが、大谷投手のお父さんはどうだったのだろうか。

              | red | 時事 | 19:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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                男男、男女、女男、女女。
                JUGEMテーマ:日記・一般



                男と女の話。


                今年の東京は例年になく寒いような気がする。僕もだいぶ年をとったせいか、北海道出身者であるにもかかわらず、寒いのがこの頃堪えるようになってきた。いつもならこの時期、ダウンジャケットなんかまだ着ないのだが、昨夜は新宿に出かける際にとうとうダウンを着てしまった。


                さて、新宿ゴールデン街の二軒目、そのお店にはいろいろな「性」を持ち合わせたお客さんたちが集まってくる。見た目だけでは到底判断がつくものではなくて、言葉遣いとか仕草などをよく観察しているとレズビアンであるとか、ゲイであるとか、はたまたバイであるとかがわかるようになる。ちなみに僕は、いまのところノンケです。


                僕がそろそろお店を出ようとしたときに、60歳前後と思われるメガネをかけた小柄な男性がお店に入ってきて、カウンター席の僕の横に座った。僕はジュリーの曲を気持ちよく歌っていたのだが、しばらくしてその男性と二言三言話をしてみると、彼は僕と同じ高円寺に住んでいること(僕は北高円寺、彼は南高円寺の違いはあったが。)、そして彼の言葉を借りれば彼は「半分、女性」だといことがわかった。


                「半分、女性」ということが具体的にどういうことなのか僕は聞かなかったし(この界隈では、人の事情をとやかく詮索しないことがエチケットだ。)正直、別段興味もなかった。なぜなら、この街はそういうひとたちが集まるところだから。


                ところで。村上春樹さんの『海辺のカフカ』に、次のような件が出てくる。大昔の神話世界は、男と女ではなく、男男と男女と女女という三種類の人間で成り立っていた。ところが、神様が刃物を使って全員を半分に割ってしまい、その結果、世の中には男と女だけになり、人々はあるべき残りの半身をもとめて、右往左往しながら人生を送るようになった。


                神様が刃物を使って全員を半分にした理由は、聖書にあるアダムとイブの楽園追放みたいに、人間に何かの罰(原罪)を与えようとしたためなのでは、村上さんは作中の登場人物にそう語らせている。


                昔も今も、人間は男と女だけではなくて、男男、男女そして女女で成り立っているのかもしれない。でも、もっと正確を期すならば、二番目にある男女に付け足して、女男というのもいるような気がする(順番はこの際、結構重要な気がする。)。つまり、世の中は四種類の人間で成り立っているということだ(ひょっとすると、もっと種類はあるのかもしれないが、僕はよくわからない。)。


                写真は、旧道庁赤レンガ。先日、札幌に出張したときに撮ったもの。ところで、羽田から札幌に行く機中、北海道日本ハムファイターズの栗山監督が僕の二つ横に座っていた。隣のビジネスマンが名刺を渡して野球談義を監督としていたが、監督は多分迷惑だったろうと思う。少なくても、名刺を渡すのはやめてほしかったね。

                | red | 北海道 | 19:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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                  魔法の「3」。
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                  3(三)の話。


                  先日、いつものようにテレビをだらだら観ていたら、居酒屋では最近、3人で来たお客さん用の料理を出すところが増えているという話をしていた。居酒屋では2人ではなく3人でくるお客さんが結構多くなってきている背景があるらしい。


                  居酒屋評論家の太田和彦さんによれば、2人以上で酒を飲む場合、3人で飲む場合が一番コミュニケーションが図れるとどこかで書いていたが、なんとなくうなずける感じがする。


                  ところで、3(三)という数字は、「社会」の基本を成す数字のような気がする。いまやノーベル文学賞の常連候補となった村上春樹さんがある対談で「小説というものは三者協議のようなものだ」と述べていた記憶がある。三者というのは作者(村上さん)、読者、そして「うなぎ」だ。「うなぎ」は別に「ねこ」でも「羊」でもいいのだが、要するに、作者と読者以外のもう「一者」ということだ。


                  村上さんは、作者と読者だけでは小説は成り立つことができなくて、もう「一者」(うなぎ、ねこ、羊など)がいて初めて小説が成り立つと述べていた(うる覚えのところもあるが、大体そんな感じの話だったと思う。)。つまり、3人集まって初めて小説が成り立つ、もっと言えば社会が成り立つ、そういうことを村上さんは言いたかったのではないかと思う。


                  さて、3(三)を使った日常表現は身の回りにたくさんある。御三家、日本三大○○、三部作、三冠王、三種の神器、三角関係、第三極(今、旬の言葉です。)等々、挙げたらキリがない。その他、単語そのものに3(三)が含まれていないが、朝・昼・晩、上・中・下、松・竹・梅など、全体のものを三分割することを我々は好む傾向がある。


                  ついでに言うと、カップラーメンの待ち時間は3分間となっているものが多いが、これは、お湯を注いでから出来上がるまで、人間が苦痛を感じないギリギリの時間が3分間という調査結果に基づいている。この延長線上で、コンビニやスーパーなどのレジの待ち時間で、3分間を超えるとイライラするという調査もある。


                  3(三)というのはなかなか神秘的というか、不思議な数字だ。ところで、僕は昭和35年生まれで、生まれた日は3日である。つまり、最初と最後に3がくるのだが、それがどうしたと言われそうだが、そのせいではないが、僕は小さい頃から3という数字がとても好きだった。小学校の野球部ではいつも背番号3を着けていた(長嶋選手の影響が大きかったが。)。


                  写真は、九州新幹線「さくら」(303号という数字は偶然)。先月出張で福岡に行ったときに、新幹線ホームで撮ったもの。鹿児島までは最速1時間17分で行くらしい。来年、鹿児島まで行ってみようと思った。ところで、新幹線の列車名は「さくら」「ひかり」「こだま」「のぞみ」「つばめ」「みずほ」「はやて」「「つばさ」「あさま」など、ほとんどがひらがな3文字である(例外は「はやぶさ」「とき」など。)

                   

                  | red | | 20:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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                    ハヤリはヤハリ、短くて。
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                    ワイルドな話。


                    今年の新語・流行語大賞(以下、流行語大賞)に、お笑いタレント・スギちゃんの「ワイルドだろぉ」が決まった。今朝、めざましテレビを観ていたら、スギちゃんが受賞後のインタヴューで「来年の流行語大賞を予想するぜ〜。それは「ワイルドだろぉ」。つまり、2年連続の受賞だぜ〜。」と笑いをとっていた。


                    そんなことはまずないだろうとは思うが、スギちゃんのこの言葉、流行語大賞のことを考えるヒントになる。ところで、ウィキペディアによると、お笑いタレントが流行語大賞に選出されると、翌年に人気が急落するというジンクスがあるのだそうだ。スギちゃんの上の発言はこのジンクスを意識したものに違いない。


                    さて、流行語というくらいだから「ハヤリ」言葉である。「ハヤリ」だから1年間だけヒットすればそれでよいのかもしれないが、個人的には、以降世の中に長く根付くような、ある程度重みのある言葉を選んでほしいと思う。


                    例えば、昨年の大賞は「なでしこジャパン」だった。ワールドカップ優勝で一躍脚光を浴びて受賞となったが、単に「なでしこジャパン」というチーム名が流行ったということに留まらず、日本女性の忍耐強さと美しさを表現するものとして「なでしこ」という言葉を我々日本人は再認識することになったのではないだろうか。


                    「なでしこ」という言葉はこれから様々な分野で使われるに違いない。そういう意味で、「なでしこジャパン」という言葉は社会に大きな影響を与えたわけで、重みのある言葉だった。


                    過去の大賞受賞のなかでは「新人類(1986年)」「ファジィ(1990年)」「無党派(1995年)」「マニフェスト(2003年)」「想定内(外)(2005年)」などが、現在でも一般的な言葉として使用され続けているのではないだろうか。こういう言葉を僕は流行語として選んでほしいと思う。


                    文学の芥川賞や直木賞では、候補作が一定の水準に達していなければ「該当なし」としている。流行語大賞も無理して必ず大賞を選ぶ必要はないと思うのだが、如何だろうか(マスコミ的には、流行語大賞「該当なし」では盛り上がりに欠けるかもしれないが、正直言えば、我々は流行語大賞にそんなに関心を持っているわけではない。)。


                    写真は今夜の新宿。師走12月、寒く、そして慌しくなってきた。

                    | red | テレビ | 20:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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                      万物は数、万物はカネ?
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                      京都の話。


                      昨日、有給休暇を一日もらい、京都と大阪に行ってきた。この時期、紅葉を見るために京都に行くのは今回で4回目になる。今年は京都の東部に位置する、南禅寺と永観堂を訪れた。


                      京都に行く日程は1か月以上前に決めていて、飛行機と宿の手配も済ませていた。したがって、紅葉の見頃にタイミングが合うかどうかは、運次第なのだ。そして残念ながら今回は、見頃を少し過ぎていたのではないかと思う。もう一週間早く来ていたら、色鮮やかな紅葉を見れたかもしれない。


                      写真上は、南禅寺で撮ったもの。下が永観堂で撮ったもの。ご覧のように、二つのお寺は隣接しているにもかかわらず、永観堂の紅葉のほうが鮮やかなような気がする。


                      さて、大阪伊丹空港に行く機中、沢木耕太郎さんの『旅する力』というエッセーを読んだ。副題に、深夜特急ノートとある。沢木さんといえば深夜特急だが、『旅する力』のなかで沢木さんは、旅をするなかで言葉に関して最初に学んだことは、新しい国に入ったときに、とにかく一から十までの数字を覚えることだと述べている。なぜなら、旅人にとって最も大切なことは、宿に泊まったり、食事をしたり、乗り物に乗ったりするときの金のやりとりだからだ。


                      京都の紅葉を見に行って毎回感じることは、お寺の拝観料が高いということだ。お寺によっては、敷地内にある建物毎に都度拝観料を徴収するところもある。僕のように一人旅ならまだいいが、家族連れだと、数箇所回るだけで万単位の拝観料を取られることになる。


                      京都のお寺にはたくさんの外国人観光客も訪れる。拝観料大人一人千円、そんな貼り紙を見ると外国人観光客は驚くに違いない。ただでさえ円高でかれらは大変なのに、日本の伝統文化に接しようとすると高額のお金を徴収されるのだから、本当に気の毒な気がする。京都のお寺の拝観料、もう少しなんとかならないものだろうか。


                      夕方、京都から大阪に入り、夜は梅田で一杯やった。立ち飲み屋を3軒回り、昨夜は打ち止め。少し前だったら、胃薬を飲みながら5軒くらいは回れたのに、やっぱりこの頃飲めなくなったのかもしれない。

                      | red | | 19:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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                        大きな福を集めましょう。
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                        酉の市の話。


                        昨日、浅草・鷲神社の酉の市(おとりさま)に行ってきた(写真)。商売繁盛のために、去年ここで初めて熊手を買った。なんでも、熊手は毎年少しずつ大きくしていくものらしく、僕もこのしきたりに従い去年のものより一回り大きい熊手を購入して、さっそく新宿のお店まで持っていった。


                        昨年の酉の市は、東日本大震災の起こった年だったせいか、なんとなく盛り上がりに欠けていた。それに比べると今年の酉の市は活気があった。祭りというのはこうでなくてはならないと思う。


                        祭りは厳粛な行事であると同時に、賑やかで楽しいものである。いずれにしても非日常的な雰囲気に溢れていて、気持ちが高揚する。日常生活では不愉快な雑踏も、祭りの雑踏はかえって心地よい。気持ちが大きくなって財布の紐もつい緩み、あれもこれも買ってしまう。祭りときはパッーと使う、それでいいのだと思う。


                        さて、自民党は今日、政権公約を発表した。経済再生を前面に打ち出したもので、政権奪還した折には是非実現してほしいと思う。いつもここで書いているが、デフレを克服して経済に活力を取り戻すことが今の政治に最優先に求められることだと思う。貧すれば鈍するという言葉があるが、生活が苦しくなれば、精神面までおかしくなってしまう。


                        来年の酉の市では、今年よりもっと大きな熊手を買えるような経済状況になっていることを期待したい。

                        | red | 時事 | 21:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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