人生はいろいろ。そして、人生はエロエロ。
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      今度の土用の丑は、土曜ではなく金曜です。
      JUGEMテーマ:日記・一般



      うなぎの話。


      この夏の「土用の丑の日」は来月27日。夏バテの時期だから、うなぎを食べようと思っている方も多いだろう。でも、今年はうなぎの価格が高騰していて、いつものように手軽に食べられるというわけにはいかないかもしれない。


      私の住んでいる高円寺に、「寿恵川」という創業65年のうなぎ専門店があったが、この3月に閉店してしまった。僕も3度くらいお邪魔したが、美味かったので残念だ。都内には他にも、うなぎの仕入れ価格が高騰した影響を受けて、老舗うなぎ専門店の閉店が続いているという。


      うなぎ好きの僕は、牛丼チェーン店「すき家」のうな丼を今年すでに3回食べた。並盛で780円、特盛は1180円だった。一方、ライバル「吉野家」の並盛は650円、二枚盛は980円と「すき家」より価格は安いのだが、「すき家」のほうがうなぎがふっくらしているので、いつもこちらのほうを買う。


      2年前の価格はどうだったのか調べてみた。「すき家」の並盛は250円、一方「吉野家」の並盛は270円だった。つまり、両店とも、並盛の価格は2年前のそれに比べると今年は2倍〜3倍に跳ね上がっていることになる。商品の販売価格をどんどん下げる競争を繰り広げている両店であるが、うな丼だけはともに販売価格を上げざるを得なかったようだ。


      さて、一時期、中国産の輸入食材に対する安全面の問題が起きた。うなぎも例外ではなくて、その頃スーパーに行くと「このうなぎは中国産ですが、安全検査を実施しておりますので、ご安心ください。」といった趣旨のシールが貼ってあった。不思議なもので、そう改めて注意書きを見せられると、消費者はかえって引いてしまい、購買意欲をなくしてしまうものだ。


      土用の丑といえば、うなぎ。夏といえば、うなぎ。日本人は強迫観念のようにそう思っている。今日、近くのセブンイレブンに行ったら、うなぎ弁当の予約をしていたが、価格を見たら何と1680円だった。この価格は、セブンイレブンの商品のなかで、最も高い価格に属するのではないだろうか。それでも、日本人はうなぎを食べたいのだ。


      こうなったら、中国産だろうが韓国産だろうが、安全面のことはさておいて、少しでも安くうなぎを食べられればいい、多くの人はそう思っているかもしれない。そういえば、衛生上の問題からレバ刺しがもうじき食べられなくなるが、安全に食べられる方法を誰かがきっと見つけて、近いうちにレバ刺しが復活する気がして仕方ない。貝原益軒は、性欲、睡眠欲とならんで食欲は人間の持つ三大欲求の一つだと言ったが、なるほど、食べることに対する人間の執念というものには並々ならぬものがある。

      | red | 雑感 | 16:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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        事件は、現場で今起こっているのです。
        JUGEMテーマ:日記・一般



        憲法の話。


        僕は今日で満52歳になった。そう、僕は昭和35年の憲法記念日に生まれた。昭和35年と書くと、本当に遠い昔のように感じる。


        ご存知のように、現在の日本国憲法は昭和21年に公布されて以来、一度も改正されたことがない。このような憲法は世界的に見た場合、とても稀なことなのだそうだ。そんな憲法を今のまま維持すべきだとする護憲派と、改正すべしとする改憲派の意見がずっと並存していて、結果として、これまで改憲されずに現在に至っている。


        さて、野田総理が先日、アメリカを公式訪問して、日米関係をこれまで以上に深化させることでオバマ大統領と合意した。とくに日本の防衛については、第二次大戦以降、アメリカに完全依存してきたわけだから、日本はアメリカに「低姿勢」で臨んだに違いない。


        戦争とか防衛に関することは、憲法第9条に「戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認」と題して規定されている。護憲派と改憲派の違いが最も顕著なのが、この第9条に関する解釈だとされている。この点については多くの専門家がこれまで膨大な議論を尽くしてきているので、素人の僕が出る幕は全くないのだが、憲法記念日に生まれた一人として、ちょっとだけ意見を述べることを許してほしい。


        交戦権とは何かとか、自衛とは何かとか、武力の行使とは何かとか、素人の僕にはよくわからないけれど、いつまでも言葉の定義をめぐって議論をし続けていても、現実的な対応はできないような気がする。事実、北朝鮮のミサイル発射に対する政府の対応は、実にお粗末であった。今回の場合は、北朝鮮がミサイルを発射するぞ、発射するぞと「事前予告」があり、日本は対応に十分な時間があったにもかかわらず、ご存知のような結果になったのであるから、予告なしに突然ミサイルが発射された場合には、日本が被弾することは確実なような気がする。


        法律も大切だし、マニュアルも大切かもしれない。でも、もっと大切なことは、日本が他国から侵略されそうになり、国民の生命が危機にさらされたときに、国家は国民の生命と財産を守るために、あらゆる手段を尽くすという、およそ国家なら当たり前のことを、当たり前に粛々と行うということだと思う。その際に、場合によっては、法律を犯してもやらなければならないことも出てくると思う。


        たとえそうであっても、国民の生命と財産を守る目的でなされた「違法行為」について、国民は政府を責めることはないと思う。そういえば、東日本大震災に関する対応を見ていても、いろいろな規制(法律、ルール)が政府の対応を遅らせている。「戦争」「大震災」というのは最も深刻な緊急事態であるから、超法規的なことであっても、国民の利益に合致するものであれば、法律などのことは後回しにして、現実的な対応として行うべきだと思う。


        偉い人、エリートの人間には、現場対応力というか、現実対応力というか、作家の佐藤優さんの言葉を借りれば「地頭」がないような気がする。思うに、大切なのは、法律でもマニュアルでもない、月並みかもしれないが常識力、現場力ではないだろうか。

         

        写真は、新宿駅西口。今日はこれから新宿で、一杯やってきます。

        | red | 雑感 | 15:00 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |
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          再び、ジャパン・アズ・ナンバーワン。
          JUGEMテーマ:日記・一般



          ジャパンの話。


          あるアメリカの社会学者が1979年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本を出版し、ベストセラーになった。この本は、戦後、高度経済成長を日本が成し遂げた理由を探ったもので、主に終身雇用・年功序列などの日本的経営と、日本人の勤勉さが、高度経済長の大きな基盤になったと分析した。


          当時のアメリカ経済は最悪で、著者は、日本的経営を学ぶべきだとも指摘した。日本人としてはなんとも嬉しくなる話であるが、現在の経済状況は、当時と正反対になっている。そんななか、昨日発売された「週刊東洋経済」は、「10年後 日本人が食える仕事」という特集を行い、「日本流」をもう一度見直そうと提案している。


          昨年9月、札幌である研修を企画した。グループ企業の役員に集まってもらい、著名な経済学者の方に講義をしていただいた。その方は、ドライな欧米型企業経営を以前は支持していたのだが、今なすべきは、人間中心の日本型企業経営であるという趣旨の本を書かれていて、それを読んで感銘を受けた僕が、無理を言って札幌まで来ていただいたのだ。


          その先生が、自動車のバンパーの話をされた。バンパーの裏側というのは外からは見えない部分であるから、普通は綺麗に仕上げない。でも日本の自動車メーカーは、その見えない裏側部分まで綺麗にする。欧米人にはそこのところが理解できないが、日本人には見えないところまで心遣いをするという、丁寧さとサービス精神があり、そういった精神を生かした日本型経営が今再び求められている、先生はそう指摘された。


          さて、「週刊東洋経済」に戻る。ある識者は、これからの経営に大切なのは英語であるとか、アジアに拠点を持つことだと主張するが、僕が納得したのは別のあるコンサルタントの話だ。その方が言うには、日本企業が持っているのは技術力ではなく(もちろん、一定の技術力はあるが。)、製品、商品をきちんと作る「丁寧さ」だという。


          例えば、観光で日本に来る中国人に今人気なのが、爪切りだという。価格は高くはなくハイテクでもないが、側面には爪が飛び散らないようにプラスチックカバーが付いているなど、実に丁寧に作られていて、そこが「日本的」で中国人に人気が高いと言うのだ。


          自分のことは自分が一番よくわかっていない、僕はそう思うが、日本人も、グローバル化という大きな波に飲み込まれてしまって、日本人が本来持つ心配り、丁寧さ、謙虚さ、サービス精神、勤勉さといったものの大切さを少しの間忘れてしまっていたのかもしれない。


          日本人が本来持つ良さを全面的に打ち出すことが、世界で勝負できる唯一無二の方法であることを、遅ればせながら気付き始めた人がこの頃増えてきたように、僕は感じる。


          写真中央は、今年のミスユニバース日本代表、原綾子さん。本大会でも、日本人らしさを出してがんばってほしい。


           

          | red | 雑感 | 09:34 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
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            ラムネのビー玉、最初に考えた人は?
            JUGEMテーマ:日記・一般



            ラムネ氏の話。


            水曜日から昨日まで、仕事で北海道に行ってきた。東京では今週末にもサクラが開花する見込みであるが、札幌では、5月のゴールデンウィークあたりが開花予想時期で、そのときにはサクラばかりでなく梅も一緒に開花し、北海道にもようやく春がおとづれる。


            さて、今、テレビで巨人対アスレチック戦を観ながらこの記事を書いている。昼間行われた阪神対マリナーズ戦では、マリナーズのイチローや川崎などの日本人選手が活躍したが、試合のほうは5−1で阪神が勝利した。


            現在、何人の日本人が大リーグで活躍しているのか知らないが、今年に限ってみても、ダルビッシュ、和田、青木、岩隈、川崎など、日本球界を代表する選手たちが「海を渡った」。


            大リーグは正式には、メジャーリーグベースボール(MLB)という。この憧れのMLBを目指して、世界中から優秀な選手が集まってくる。僕の好きな松井秀喜選手も2003年、巨人からニューヨークヤンキースに移籍したが、今年は残念ながらまだ所属球団が決まっておらず、個人的には、日本球界に復帰して再び巨人で活躍してほしいと願っている。


            今でこそ日本選手も「気軽に」MLBに行けるようになったけど、そのキッカケを作ったのは、1995年に当時の近鉄からロサンゼルス・ドジャーズにマイナー契約で移籍した野茂英雄選手だった。その頃、野茂選手は近鉄球団との確執があったとされるが、いずれにしろ、高額の年俸を捨て、わずか980万円の年俸で野球を続ける決断をした野茂選手は、文字通り、MLBへの道を切り拓いたパイオニアだった。


            作家の坂口安吾に、「ラムネ氏のこと」という短編がある。我々が今安全にフグを食べられるのは、自ら命を落としながらもフグの安全な食べ方を後世に伝えようとした多くの無名殉教者、つまりラムネ氏のお陰である。事の大小に関わらず、物事に徹し、強靭な意思を持った人がラムネ氏であり、そのラムネ氏がこの世の中を変えていくのだと坂口安吾は言う(ラムネ氏のラムネとは、飲むラムネのことである。)。野茂英雄選手も当然、ラムネ氏の一人と言えるだろう。


            話は飛ぶが、東日本大震災で生じたがれき処理問題で、住民の反対などもありほとんどの自治体が受け入れをしてこなかったが、ここにきて、がれき処理の受け入れを表明する自治体が急速に増えてきた。最も早くがれきの受け入れ表明をした自治体はどこなのか知らないが(ひょっとしたら東京都かもしれない。)、その自治体はその決断をするにあたり、相当の覚悟があったことは容易に想像がつく。


            がれき処理受け入れに関する「ラムネ氏」は当然、最初に受け入れ表明をした自治体ということになる。


            さて、今年は7月にロンドン五輪が開催される。この機会に、大きいサイズのテレビを買おうと思う。写真は、新体操日本代表の「フェアリージャパンPOLA」。愛称に、企業名が入っているのは珍しい感じがする。

            | red | 雑感 | 20:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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              赤って、情熱的な色じゃないですか。
              JUGEMテーマ:日記・一般



              色の話。


              今週水曜日から土曜日まで、仕事で北海道に行く。国内出張で3泊もすることは通常ないので、それ用の旅行鞄を持っていない。思い切ってこの機会に、機内に持ち込めるサイズのスーツケースを買おうと思い、いろいろと調べてみた。


              気に入ったものがようやく一つ見つかり、後はスーツケースの色を決める作業が残ったのだが、ここで少し迷った。僕はもともと赤という色が好きなので(ブログのハンドルネームも「red」にしている。)、赤を選びたいところなのだが、赤いスーツケースを持っている男性をあまり見たことがない。やっぱりここは黒にしようか、それともシルバーにしようか、いやいや初志貫徹で赤にしようか、そんな感じで迷ったのだ。


              先月、ある方にカラーセラピーをやっていただいた。パワーストーンが入った10本のカラーボトルから好きな色のボトルをいくつか選ぶと、その選んだ色によって、その人の深層心理がわかるというものだ。その際も、僕は真っ先に赤色のボトルを探した。セラピーの内容はちょっと忘れてしまったが、色で人の心の奥がのぞけるというのは、なかなか面白いと思った。


              染織家で人間国宝でもある志村ふくみさんが書かれた『一色一生』というエッセイに、「蘇芳(すほう)」という木の話が何度か出てくる。「蘇芳」とは、インド、マレーシアに産する蘇芳という木の芯材のことで、この蘇芳をたき出すして糸を浸けると真赤になるという。あらゆる赤の中で、蘇芳の赤が一番素晴らしいと感じた志村さんは若い頃、蘇芳と格闘して寝込んだこともあると回想している。


              赤というのはパワーを感じるいい色だと僕は思うけど、今の政治に対して国民が出すレッド・カードの赤は、あまりいい赤ではないかもしれない。


              今日は欲張ってもう一つ。


              先日、ちょっと変に感じる日本語の話を書いたが、今日はその第二弾。あまりこんなことばかり書いていると「オジサン、うぜー!」と若者から叱られそうなので、ほどほどにしようとは思っている。


              今日は、「〜じゃないですか。」という表現。日常的によく耳にする言葉なので、慣れたといえば慣れたのであるが、常に変な感じがしている。例えば、「昨日、雨が降ったじゃないですか。」。この言葉を発した人は話相手に、昨日雨が降ったという事実の確認、もしくは同意を求めているのだと思う。ただ、確認、同意を求める言葉としては、弱いというか、あまりにもへりくだっているような感じがする。


              ところで、「じゃ」というのは一体何なのだろうか。文法的には知らないが、この「じゃ」があるお陰でその後の「ないですか」に何でも接続可能になる。「僕って、学生じゃないですか。」「新宿は、とても怖い街じゃないですか。」等々、なんでも「じゃ」を付けると「〜じゃないですか。」という確認、同意を求める表現に変身させることができる。


              深層心理というと大袈裟かもしれないが、「〜じゃないですか。」を使う人は自分に自信のない人、もしくは、自己中心的な人じゃないかと思う。後者の例としては、上に挙げた「僕って、学生じゃないですか。」がその典型だと思う。これを聞いたほうは「君が学生かどうかなんて、知らないよ。」「君が学生であることを、皆が知っていると思ったら大間違いだよ。」、そう思うに違いない。


              言葉は時代とともに生まれ、そして死んでいくのかもしれないが、そうなるのには必ずそうなる背景があるのだと思う。なかなか生きにくい世の中にあって、自分の主張を自信を持って表現できなかったり、少子化社会の進行のなかで、自己中心的な考えの若者が増えたり、そういった時代背景が「〜じゃないですか。」という表現を生んだと考えるのは、少し飛躍しているだろうか。


              写真は、女優の水野美紀さん。「新日曜美術館」に今朝出演されていた。久しぶりに拝見しましたが、やっぱり美形で色気を感じます。

              | red | 雑感 | 19:16 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
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                夜明けの雪化粧、誰が降らせたのか、わかりませんよ。
                JUGEMテーマ:日記・一般



                常識の話。


                インターネットで知り合った男性3名に対する殺人事件で、木嶋佳苗被告の裁判員裁判が昨日さいたま地裁で行われ、検察側は木嶋被告に対して「直接証拠はないが、間接証拠、健全な社会常識に照らせば有罪の認定が可能」として死刑を求刑した。


                検察側は裁判員に対して「夜明けに外を見ると一面の雪化粧。雪が降ったのを見ていなくても夜中に降ったことが分かる」とのたとえ話を出して、被告が殺人を犯した直接証拠はないが、状況証拠などから「常識で考えてほしい」と語りかけ、死刑求刑の正当性を訴えた。


                このたとえ話、直接証拠を持たない検察側が裁判員を説得すべく持ち出したものだと思うが、正直、説得力に欠ける。ところで、法務省のホームページを覗いてみると、裁判員制度導入の理由は「国民のみなさんが裁判に参加することによって、国民のみなさんの視点、感覚が、裁判の内容に反映」させることだと書かれている。


                この部分だけ読むと、裁判官にはこれまで「国民の視点、感覚」がなかった、あまのじゃくの僕にはそう読める。一方で、「国民の視点、感覚」ってそもそも正しいのかどうかという議論もある。いつも言っているが、大衆とか国民というのは大体いい加減な存在だ。だから、もし、「国民の視点、感覚」が正しいものでないのなら、そのようなものを「裁判の内容に反映」してはならないということになる。


                ハッキリ、そして、ザックリ言うと、プロの裁判官にも素人の裁判員にも、それぞれ真っ当な感覚と判断力を持った人と、そうでない人がいると思う。もしそうであるのなら、殺人罪などの刑事事件を判断するという精神的苦痛を裁判員に課すことは止めて、法律のことに圧倒的に詳しいプロの裁判官だけで、裁判を行うべきではないのだろうか。


                再び法務省のホームページを覗いてみると、裁判員制度は「アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど世界の国々で広く行われています。」と書かれているが、またぞろ、欧米の先進国で行われていることだからわが国でも導入しようという発想である。もうそういう考え方は止めたらどうだろうか。裁判官を増やして、これまでのやり方で裁判をやってくれればそれで良いと、僕は思うのだが。


                写真は、中野駅北口の飲み屋街。接待があって新宿でしこたま飲んだあと、一人中野でまた飲みなおした。

                | red | 雑感 | 22:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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                  千円からお預かりします?
                  JUGEMテーマ:日記・一般



                  日本語の話。


                  日本語の使い方について、この頃気になっているものが少しあるので、書いてみたい。


                  先日、近くのコンビニに行って最近お気に入りのクリームパンとヨーグルトを抱えてレジの前に並んでいたら、僕の前で会計をしようとしていた若い男性が女性店員から「お箸は必要ですか?」と尋ねられ、これに対して若い男性が「大丈夫です。」と答えたのを聞いて、僕は違和感を覚えた。


                  「大丈夫です。」というのは多分、「箸はいりません。」という意味だと思うが、「お箸は必要ですか?」と聞かれたのだから、必要なら「はい。」、不必要なら「いいえ。」と単純に答えればよいと思うのだが、如何だろうか。


                  先週、ある家電量販店でポイントカードの申し込みをした。若い男性店員が「申込書を書いてもらっていいですか?」と言うので、「わかりました。」と答えたのだが、「書いてもらっていいですか?」という表現がとても耳障りだった。敬語のつもりでその店員は使ったのだと思うが、なんとなく違うような気がする。


                  「○○してもらってもいいですか?」という表現は、「大丈夫です。」と同様、若い方々がよく使う。あまり格好をつけようとせずに、シンプルに「申込書をお書きください。」と言えば、それで済むと思う。


                  最後は、「〜からお預かりします。」。スーパーやコンビニのレジで、例えば900円分の買い物をして千円札を一枚差し出すと店員さんがよく「千円からお預かりします。」と言う。この「から」の意味が僕にはよくわからない。多分「から」は不要で、単に「千円お預かりします。」でいいのではないだろうか。


                  ということで、いろいろありますが、人生いろいろ、人生エロエロ。


                  写真は、結婚を発表したspeedの上原多香子ちゃん。僕は、speedのなかでは、彼女が一番好きです。

                  | red | 雑感 | 01:15 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
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                    中学生英語レベルで、十分なような気がしますが。
                    JUGEMテーマ:日記・一般



                    英語の話。


                    毎日新聞は今日、「英語の社内公用語化」を宣言している楽天、ファーストリテイリング(ユニクロ)の「その後」について報道している。「かなりの社員が、すぐに音をあげるんじゃないか。」と危惧したが、取り越し苦労だったなど、楽天もファーストリテイリングも「公用語化」が順調に進んでいる様子を伝えた。


                    国際的な企業だから、英語は使えたほうがいいのかもしれないが、改めて、日本人はどうしてこんなに英語が使えないのだろうという疑問と、「公用語化」が本当に必要なのだろうかという疑問が沸いてくる。


                    日本人がどうしてこんなに英語を使えないのかという疑問に対しては、以前の記事で書いたから参考にしてほしい(2011.10.26付)。作家の藤原正彦さんが分析したものであるが、要するに、英語と日本語はあまりにも異なる言語であるということだ。戦後66年の長期にわたり英語教育を行ってきたにもかかわらず、英語を自由に使いこなせる日本人はほんの一握りなのだから(おそらく1%以下ではないだろうか)、藤原さんの分析は当を得ているように思う。


                    さて、新聞記事に「英語の方がフランクに打ち解けて話せていい」と話す楽天社員のことが紹介されている。日本語では言いにくいことが英語なら躊躇なく話せる、そういうことなのかもしれない。このくだりを読んだときに、僕はゾッとするものを感じた。なるほど、フランクに話せることはいいことかもしれないが、一方で、英語を使えるようになるにつれて、日本人の良さといわれる謙虚さとか、相手を思いやる気持ち(惻隠の情)のようなものが、だんだん失われていくような気が直感的にしたのだ。


                    これは僕の極論かもしれないけど、英語を使いこなせるようになってくると、物事の考え方、見方、価値観、ついには生活そのものが英語圏の人間と同じようなものに変わっていくような気がするのだ(ただし、英語圏の人たちの価値観、生活などがおかしいと言っているのではない)。裏を返せば、日本人特有の良さを、少しずつ失くしてしまうのではないかと危惧するのである。


                    英語もいいけれども、そちらのほうはほどほどにして、もっと日本語、日本文化のことを勉強したほうが、外国人から尊敬される本当の国際人になれるような気がするけれども、如何だろうか。


                    写真は、長澤まさみさん。日本アカデミー賞の主演女優賞にエントリーされたが、惜しくも賞は逃した。でも、やっぱり美形だね。

                    | red | 雑感 | 18:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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                      男性陰部、取り扱い注意でお願いします。
                      JUGEMテーマ:日記・一般



                      男性器の話。


                      先日、「ホンマでっか!?TV」を観ていたら、ある先生が、結婚後に男性の体重が増えた夫婦の離婚率は高くなるという話をしていた。その先生曰く、体重が増えると男性の性行為能力が落ちので(要するに、勃起しずらくなる)、セックスに対する奥さんの不満が増大し、結果、離婚に至るというのだ。


                      正直、短絡のような感じもするけど、しかしながら、太ると男性は頑張れなくなるという部分は当たっているような気がする。なぜなら、僕自身の経験として、体重が多いときには人間ドックの結果が悪くて、高血圧、糖尿病、中性脂肪などの値が軒並み標準値を超え、身体全体が常に重いような感じがして、「下」のほうもなんとなく元気がないように思っていたからだ。


                      何歳になっても男というのは「シンボル」の存在を気にするもので、それだからこそ、「シンボル」を元気にするさまざまな薬が手を替え品を替え登場し、男は藁をもつかむ思いで、それらの薬に頼るのである。


                      さて、先月16日、東京都昭島市のアパートで、49歳の男性が全身を凶器で刺された状態で発見された。男性は全裸で、陰部は凶器とみられる包丁で切り落とされており、ベッドの下から見つかったという。事件から1か月以上経過したが、いまだに犯人は捕まっていない。


                      自殺の可能性もあるとの話があるらしいが、自分の陰部を切り落としてその後包丁で自分の身体をメッタ刺しにするというのは通常考えにくく、素人考えではあるが、多分、他殺のような気がする。その場合、犯人が男性なのか、女性なのか、そこはまだわかっていない。もし女性だとすれば、現代版「阿部定事件」ということになるのかもしれないが、今回の事件と阿部定事件とでは、決定的に異なることがある。それは、殺害後の陰部の取り扱いだ。


                      昭和11年5月、荒川区にある待合「満佐喜」で、現在の中野区新井にあった小料理店の主人石田吉蔵が、その料理店で仲居として働いていた阿部定に殺害された。石田は阿部定に首を絞められ、陰部は切り取られていた。逮捕されたとき彼女は、石田の陰部を大切に持っていたという。死んだ石田の太ももには血で「定、吉二人」と書かれていて、石田を愛するあまりの行為だったと彼女は供述した。これが世に言う「阿部定事件」である。


                      吉蔵を独占したい、自分だけのものにしたい、そういった愛情から定(さだ)は逮捕されるまで切り落とした吉蔵の陰部を持ち歩いたというのだ。これに対して今回の事件は、切り落とした陰部が無造作にベッドの下に放置されていたということであるから、殺害時、殺害した女性には定のような愛情が男性に対してなかったのではないかと推測できる。


                      女性が犯人と勝手に仮定して書いてみたが、いずれにしろ僕は、この事件の結末に注目している。


                      写真は、阿部定事件を題材にした杉本彩主演の映画「JOHNEN 定の愛」。

                      | red | 雑感 | 15:21 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
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                        「都」はやっぱり、東京だと思いますが。
                        JUGEMテーマ:日記・一般



                        反東京の話。


                        今日は一日休暇をもらった。せっかくの休暇だから、昼頃まで寝ていようと思い昨夜布団にもぐり込んだのであるが、いつもの習慣で、午前6時過ぎには目が覚めてしまった。仕方ないので、クリームパンとヨーグルトで朝食を済ませ、血圧を下げる薬を飲んだ後、テレビをダラダラ観た。


                        先日、釧路にいる母から電話があった。母から電話が来ることはめったにないので、何事かと思った。用件を聞くと、4月に専門学校入学が決まった甥っ子に、パソコンを買ってやってくれということだった。年金生活の母にとってパソコン購入はさすがに負担が大きかったようで、めったにない母からの依頼なので、僕は二つ返事で了解した。


                        母は若い頃から自分のことを自慢したり、他人を批判したりすることのない人だった。そんな母の唯一の自慢話は、自分は若い頃、女優の淡島千景さんに似ていると周囲からよく言われたというものだった。なるほど若い頃の母の写真を見てみると、細身で面長、目元がすっきりしているところは淡島さんに似ている感じがして、母の言うことは満更嘘でもなかった。


                        その淡島千景さんが先日、87歳で亡くなられた。淡島さんと言えば何といっても、森繁久弥さんと共演した映画「夫婦善哉」だろう。「夫婦善哉」は無頼派と称された織田作之助の作品であるが、物語は、ぼんぼんで何をやっても失敗する柳吉を、芸者あがりでしっかり者の蝶子が愛情深く支える、そんな夫婦の姿を描いている。


                        『大阪学』を著した大谷晃一さんによると、最も大阪的な大阪人が織田作之助なのだそうだ。ここでいう大阪的とは、要するに反東京ということだ。特定の観念やイデオロギーを持たず、反権威的、生きている人間の現実そのものを大事にする、そこが東京と大きく異なるところ、つまり大阪的なのだそうだ。そういえば、最近の橋下大阪市長の様子を見ていると、この意見にうなずけるところがある。橋下市長に観念やイデオロギーがないとは思わないが、「霞ヶ関、永田町に支配されている国政を壊そう」という主張は、明らかに反権威的といえるだろう。


                        大阪ではないが、お隣の京都出身の女性から以前、「都(みやこ)」はまだ京都にあり、東京が「都」ではないという話を聞いて、ちょっと驚いたことがある。なんでも、「都」を京都から東京に移す「遷都令」なるものがいまだに発せられておらず、法律上、手続き上、「都」は依然として京都にあるのだと、その女性は胸を張るのだ。わからないでもないが、現実的にはどうなのだろうか、僕はそう思った。


                        いずれにしろ、大阪も京都も、なんとなく反東京という感じがするが、僕のように歴史が浅く地縁関係も薄い北海道に生まれ育った人間は、東京がどうだとか、大阪がどうだとか、そういった特定の地域に対する特別な見方のようなものはない。


                        写真は、藤原紀香さん。彼女は大阪の隣、兵庫県の出身。僕はファンなのだが、女性に聞くと、良く言う人はあまりいないね。

                        | red | 雑感 | 16:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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